目次

第81号: 〜新年に際して… ワープ、ことはじめ…〜 (2003/01/07)
第82号: 〜 ウィルスから学ぶこと、いろいろ…(1)情報を正しく判断・処理する 〜 (2003/01/21)
第83号: 〜 日常的な特別 の落とし穴 〜 (2003/02/04)
第84号: 〜 メールから学ぶこと、いろいろ… 〜 (2003/02/18)
第85号: 〜 メールから学ぶこと、いろいろ… あなたなら、どうしますか??〜 (2003/03/04)
第86号: 〜 いろいろな環境 さまざまな育ち 〜(2003/03/18)
第87号: 〜先端技術とトラブルへの対応〜 (2003/04/01)
第88号: 〜銀行の情報化、大丈夫?〜 (2003/04/15)
第89号: 〜「理解する」ということと「知っている」ということ〜 (2003/04/29)
第90号: 〜携帯メールとインターネットメール〜 (2003/05/13)

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○2003年はいい年になりますように の(2003/01/07)第81号より
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【kazumi のワープ】
〜新年に際して… ワープ、ことはじめ…〜    小田和美
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 明けましておめでとうございま〜す。月曜日から仕事はじめ という方も多
いようですが、みなさまどのようにお正月を過ごされましたか? お正月とお
盆、日本の2大行事ですが… 

 この暮から正月にかけて、面白い質問をされました。「ねえ、日本のクリス
マスって、プレゼントをもらうだけの日?」「ねえ、お正月って、何のために
ある日?」「年が明けるってどういうこと?」年があけて「なんか、明けまし
ておめでとう って、感じがしないな〜」

 地方によって、あるいは家族の生活スタイルによっては、これらの質問はま
だ、実感のない質問かもしれません。しかし「1年中、季節の変化に左右され
ないある程度快適な生活が保障され、いつでもどこでも商店は開いていて、子
どもたちがまだ家族と同居している都市部の家庭」では、これまで続けてきた
祭りごとを、新しく意味づけする時期に来ているようです。

 日本という国を見ていると、つくづく「形」に価値を置いている文化だな〜
 と思います。それぞれの形は、かつては意味を持っていたでしょうし、多く
の国の文化も同様に形を残しています。でも日本はそれだけでなく、形だけが
残るという弊害も持ってしまったようです。それは、社会のいたるところに、
影響しています。公式にも、私的にも…

 例えば、社会システム。一度決めた法律は、なかなか変えない、変えられな
い。「おかしな法律、不便な法律は、皆の納得できる法律に変えるのが当然」
という民主主義は結局、選挙・議会制度・議員などという形だけ取り込み、そ
の精神は古い体制(権力主義、上下関係…)を温存してきました。これを変え
ることは、とても大変なこと。「おかしい」と言い出す人たちには「体制への
批判」という有無を言わせない評価を下す(下してきた)長い歴史がありまし
た。公害、原子力開発、公有地の再開発、ごみ問題、環境ホルモン… 私たち
の生活と関わる多くの問題も、同様の歴史を繰り返してきたけれど、最近、少
しずつ、変化の兆しもみえてきていますね。うれしいことです。

 さて、この変化はどうして起きているのでしょう? 日本にもやっと民主主
義が息づき、多くの人々が自分たちの共生する社会に目覚め始めたのでしょう
か? 私は違うと思います。この変化の一番の原因は「情報化の進展」ではな
いでしょうか? 
 多くのことが、隠し通せなくなって「情報公開」されてきています。マスコ
ミの報道は、世界中の厳しい評価と批判の中で行われ、多方面から情報を得ら
れる情報社会では、情報操作しようとしても不可能に近い状態です。人の交流
も地球規模で日常的に行われ、ネット上にプライベートなサイトから玉石混同
の多くの情報が発信されています。もちろん、それらの情報の「真偽性」をチ
ェックする目が必要になってきていますね。かつては「密告」と呼ばれ蔑まれ
た行為が「内部告発」と名を変え、「社会人としての正義」として位置づけら
れたことが、内部からの情報公開に拍車をかけています。
 見方を変えれば、社会システムの形が大きく変わり、これまでの社会の形だ
けではなく、その中身までもを変えようとしているのかもしれません。こんな
時代、私たちに必要なことは、中身(意味・本質)をしっかり確認し、自分た
ちの納得いくものにしていくという意識ではないでしょうか? 民主主義とい
うのは、批判するだけではなく、「どうすればよいのか」という「建設的な提
案」自体を、自分たちで出し合っていく社会です。

 プライベートでも、変化が起きてきています。形にとらわれない生き方が、
日本社会の中でも少しずつ、認められ始めました。規格化されない多くの生き
方、多様な生き方と共生する社会の情報が、時間・空間を越えて情報提供され
ています。でも、混乱しています。自由と自分勝手の、取り違え、混在… 困
ったものです。ここでもやはり私たちは、自分の生き方、個人の自由、社会構
成員としての役割(社会の中での自分のあり方)について、自分に納得できる
答を持つことを要請されてきているのです。自由は、個々人の「自分に対する
責任ある制御」と同時に与えられる権利です。この当然のことが浸透しなけれ
ば、その社会には、デタラメな混乱が残るだけです。

 教育も同じです。学校へ行く行かないは、個人の自由かもしれません。しか
しこれからの社会を生きていく人間として何を学ぶかは、おのずと決まってき
ます。数年後、数十年後、「学校は自由登校が原則」なんて形に、変わってい
るかもしれません(多分、変わっているでしょう)。でも「大人になるまでに
学ぶべきことを学び自分を成長させる」という原則は変わりません。教育に携
わるものとしては、日常的な教育現場での仕事と平行して、常に「教育の原点
を探る心と時間のゆとり」を持ち続けて生きたいものです。
 
 とまあ、つらつらワープをしていて気づくのですが、「情報化」「情報公開」
「情報の選択」「情報の真偽性」「相互評価」「建設的な提案」「社会の一員
としての役割」… これってみんな、情報教育の目的なんですよね。
 新しい教科「情報」の導入をどうするか、大学入試はどうなるか、コンピュ
ータ室は開放すべきか… 確かに、問題はいろいろあるでしょう。でも現実に
とらわれすぎると、そういう問題に足をすくわれるように思います。
 私たち教育界がいま問われているのは、これからの社会をになっていける人
間一人一人を、いかに育成していくかというテーマに対する、「深い意識」と
「建設的な提案」と「実行していく力」… 

 今年も、忙しい一年になりそうですね。
          みなさま、今年もどうぞよろしく〜!!!





○入試で大学もおおわらわ の(2003/01/21)第82号より
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【kazumi のワープ】
    〜 ウィルスから学ぶこと、いろいろ…(1) 
      情報を正しく判断・処理する 〜       小田和美
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 ウィルスが、蔓延しています。毎日のように、ウィルスメールが届けられま
す。私のマシンはウィルスチェッカーが常駐して監視していますし、経由して
くるプロバイダーでのセキュリティシステムが働いていますから、「ウィルス
を駆除しました」という報告が届けられるだけですが、ウィルスチェッカーを
まだ入れていないマシンでは、ひとたまりもないでしょうね。

 実は、この火曜メルマガの編集局にも、ウィルスメールが送られてきます。
しかし、セキュリティがしっかりしているので、私たちのところには「ダレソ
レが発信人のウィルスメールが送られてきましたが、駆除しました」という報
告と、中身が消された抜け殻メールが送られてくるようになっています。発信
人のメールアドレスはわかりますが、最近のウィルスには、感染先のアドレス
帳を使って「成りすまし」を行うものもあるので、ウィルス感染源がどこかは、
なかなか特定できません。だから多くの場合、通知しません。
 何度も同じアドレスからウィルスメールが送られてくる場合もあります。そ
ういう場合は、「多分、そのアドレスの所有者のマシンが、ウィルスに感染し
てるのだろう」と、予測がつきます。しかし、やはり放っておくことにしてい
ます。以前、親切のつもりで「多分、あなたのマシンはウィルスに感染してま
すよ」と通知したところ、あまり喜んでいただけなかったことがあるからです。



 もし、火曜メルマガに投稿したのに、返事がこない… という経験をお持ち
の方。ご自分のマシンをチェックしてみてください。届いたメールには、必ず
スタッフの誰かが、返事を差し上げるようにしています。返事がないというこ
とは、そう、ウィルスがくっついていたので、内容が送信されなかった… そ
の可能性もあるのです。

 さて、私の大学は、セキュリティ管理をアウトソーシング(外部の企業に委
託すること)していますが、その会社はまだ、ネットワークにも教育現場にも
経験不足の新参もの。これまでにも何度か適切に対処できないことがありまし
た。しかし、ウィルスは、ことが起きてからでは危険です。そこで、今年から、
ウィルスチェックの情報を、その会社だけで判断させずに、逐一、転送しても
らい、研究室でも対応することにしました。

 そこで、わかったことですが、やはり、ウィルスが蔓延してますね〜 ウェ
ブページの閲覧で感染したり、学外から持ち込んだファイルが汚染されていた
り、ネット喫茶で感染してきたり、フロッピーディスクがやられていたり… 

 駆除し切れなかったり、問題が残りそうなケースに対しては、ウィルスソフ
トから報告・警告メールが自動発信されてきます。その数が、既に十数通。コ
ンピュータ教室のマシンに関しては、再起動すればすっかり元に戻る設定をし
てあるので一応安心です。しかし、そのまま放置していては、社会に新たな感
染を増やすことに繋がるものが半分程度あります。

 早速、研究室でも、ウィルスに遭遇したときの心得・対応の学生指導を、強
化することにしました。「情報社会では、一人一人が自分のマシン環境を整え
ることがマナーでありルールである」ということを、実感を持って学生に指導
できる時代になってきたということです。

 でもね考えてみると、これまでその管理会社は、これらウィルス警告情報を
内部で判断・処理して、結局放置していたということになるわけよね〜?? 
どして、なにもしないでほっておけたのでしょう?? 危ない話です。
 
 警告メールを見れば、どのマシン(あるいは媒体)がなんというウィルスに
感染したのかがわかります。ウィルスの名前がわかれば、検索をかけて、新し
いウィルス情報を調べられます。そうすれば、ウィルスの特性や対応方法、今
後の対策などがわかります。伝染性の強いものであれば、しぶとく活動を続け、
継続して送られてくる警告から感染状況も把握できます。

 ウィルス警告メールを受け取った管理者が「駆除した」という文字を見て安
心しているようでは困ります。そこに書かれている情報を正しく読み取り、ウ
ィルスの特性をおさえるため調べるべきことを調べ理解し、何が解決(駆除)
されまだ何が問題として残っているのかを認識し、今後起こることを予測しな
がら、ネットワーク社会全体の中の一員として、正しい判断・処理をすること
が必要です。

  自ら、情報を集め・正しく判断し、課題に即して対応(処理)する能力

これは、情報教育の目標の、「情報活用の実践力」で目指しているものです。
これからの情報社会を築き継続していくために必要な能力ですが、それは既に、
現実に必要な能力でもあるということを、痛感します。そうでなければ、せっ
かくのウィルス警告メールも、何の役にも立ちませんよね〜〜!





○節分の鬼も寒そう の(2003/02/04)第83号より
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【kazumi のワープ】
    〜 日常的な特別 の落とし穴 〜        小田和美
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 スペースシャトルが、空中分解したというニュースが流れています。ニュー
スによると、(それが直接の原因かどうかはわかりませんが)既に、老朽化し
ていたシャトルを、部分的な部品交換で、運用していたということらしいです
ね。前々から、内部的に、とっても高い事故がおきる可能性(事故率)の数字
が挙げられていたということです。もちろん、特別な技術とノウハウが必要な
微妙で複雑な事業ですから、事故のリスクと効果との天秤なのでしょうね。で
もね、それを改善すると、事故率はグンと下がるということもわかっていたよ
うです。(もっとも、改善したとしても、飛行機事故よりも、事故率は高いそ
うですが…)

 改善の必要性はわかっていたのに、改善しない(現状維持)をし続けてきた
のは、予算の関係なんだそうです。NASAも、国内の厳しい経済情勢のあお
りで、予算が潤沢にはもらえない状況。でも、NASAの活動としての打ち上
げは、すでに計画されていて、それにしたがって訓練や人間や組織が動いてい
る。予算計上しても、認められなければ、当面の急ぎのことに予算は使われ、
安全性への配慮が薄れてしまったのではないか・・・?? 事実の解明はとこ
とん行われるでしょう。原因発表は慎重に調査した後で行うことになったよう
ですが、今度の事件は、とても深く大きな問題を、啓発していると思います。



 いま、事故がおきなければ、裏の危険の進行など、人間は考えない
 いま、ことが起きなければ、永遠におきないかのような錯覚に陥る

 事故がおきてから、大掛かりな捜査の活動。「その予算があるなら、安全優
先にすればいいのに!」という人がいれば、「予算の枠が違う」あるいは「費
用の桁が違う」という返事が返ってくるのかしら・・・? 日本なら、そうい
う論理も出てきそう〜 

 なんか、日本の原発事故を思い出してしまいました。スペースシャトルにし
ろ、原子力発電にしろ、これは日常を超えた特別なプロジェクトです。高度な
技術と高いリスクを背景に、それでも人間がチャレンジしている事業です。し
かし、スペシャルが日常的に実施されるようになると、スタンダードだと錯覚
してしまう性(サガ)が、人間にはあるようです。それを「浅はか」というか
「傲慢」というか「悲しさ」というかは、見る人の表現の違いですが、そうい
う自分たちを認識して、常に意識のもとで「日常的にスペシャルが行われてい
る」という緊張を持ち続けながら行動できるといいのだけれど・・・

 個人のレベルなら「悲しさ」でもいいけれどね、社会的活動はそれでは済み
ません。たくさんありますよね。新幹線、飛行機、先端医療、ネットワーク。



 そうよ、インターネットもね、このところ最近、これまでとは違うおかしな
現象が観察されるようになってきています。メールにしろ、検索にしろ、日常
的になると、緊張が薄れ、それが当然の簡単なことのような錯覚に陥るのでしょ
うが、それでいいのかしらね?? 痛い目にあわなければ 気づかないような
「おろかさ」は、持ちたくないですね。





○福島は まだ 冬でした の(2003/02/18)第84号より
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【kazumi のワープ】
  〜 メールから学ぶこと、いろいろ… 〜       小田和美
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 最近「ネットワークがおかしくなっているのではないか?」と思うようなこ
とが、時々起きます。「メールが送れない」「メール送受信の際に異常に時間
がかかる」「送れなかったとシステムからメールが返ってきたのに実際は送ら
れている」「送ったメールに添付したファイルが別物になっている」・・・ 
プロバイダーや接続ポイントあるいは経由ポイント等に置かれているサーバー
で、何かが起きているような気がします。
 気になるので、原因を追究します。原因がわかるもの、わからないままのも
の… いろいろありますが、純粋に機械あるいはメーラだけのトラブル とい
うことではないようです。後でプロバイダーから、「大量のスパム攻撃により
緊急に一時サーバーのサービスを止めました」という断わりが入ることもあり
ます。最近では、POPとSMTPを異なるサーバーで送受信しようとすると
失敗することが多くなってきました。接続業者の側でも、いろいろな場合を想
定して、セキュリティを高めてきているようです。
 「ダークエンジェル」というアメリカのテレビ映画がいま、日本でも人気に
なっていますが、あの映画で警告している電波ジャック、本当におきても不思
議はないな〜 という感じがします。やはり、人間が絡むと問題がおきるとい
うことなのでしょうね…
 
 いくつかのプロバイダーのメールアドレス宛に、未承諾メールという書き出
しの広告メールが大量に届きだしました。いずれも、大手のプロバイダーと契
約しているアドレスです。あきらかにアドレスを収集しているか、ありそうな
アドレスを機械的に構成しているか、どちらかでしょう。「ダイレクトメール
お断りの返信」をしたら、相手の思う壺。確実に相手にアドレスの有効性が知
られてしまうのでしていません。それでも、何通も届きます。発信人、宛先な
ど、いろいろな組み合わせがありますが、どうも一括送信のリストに載ったよ
うです。個人情報がひとり1円で売買されているという報道(朝日新聞)を、
数年前に読んだことがありますが、いまは当時よりもっと組織的・機械的に、
メールアドレス等もプロバイダーを足がかりに探り出され使われているようで
す。しばらくは何もせずに、ほうっておくのが一番かもしれません。いくらダ
イレクトメールを大量に送信しても、思うような反応が返ってこなければ、そ
ういうビジネス(有効な個人アドレスの情報を第三者に売ったり、ダイレクト
メールの無差別大量な送信を代行したりするビジネス)は自然消滅するでしょ
うから…

 「自分の個人情報は、自分で守る(能力)」「他人の個人情報を断りなく勝
手に使用しない(態度)」というネットワーク社会の基本常識(価値観)。どう、
社会に浸透させていけばよいのでしょうね。言葉で覚えても、態度・能力・価
値観として身につかなければ、意味のないことです。時間がかかるでしょうが、
教育の問題ですね…
 そのために、私たちは14年度から、やっと情報教育を行うようになりました。
しかし、その重要性がまだまだ身近に感じられていないようです。態度や能力
として、子どもの側の納得を生み出すように、課題解決的に、体験的に、失敗
を繰り返しながら学ばせていくということがともするとつい忘れ去れれ、知識
定着的な学習にすり変わってしまうようです。

 これからの教員は、子どもたちの心の中で共振できる価値観を、常にメッセ
ージとして発信していることが望まれているということ、常に意識して行動し
たいものですね。





○春はクリエイティブな仕事になりませんね の(2003/03/04)第85号より
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【kazumi のワープ】
    〜 メールから学ぶこと、いろいろ…
         あなたなら、どうしますか??〜    小田和美
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 年明けに、知人から、以下のようなメールが転送されてきました。

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新年早々大変申し訳ありませんが、ウイルスに感染した恐れがあります。(ア
ドレス帳にアドレスが記載されていた為)あなた宛にもそのウィルスを送って
しまった可能性があります。至急対処していただきますよう、お願いします。

対処方法
1 画面下のスタートをクリック
2 検索(F)を左クリック ファイルやフォルダーの検索(F)をクリック
3 検索するファイル名  jdbgmgr.exe を入力します。
4 検索するドライブは  c:です。 サブフォルダも探すにチェック
5 検索開始をクリックします。
6 ウイルスには、jdbgmgr.exe  のファイル名の頭にテディベアのアイコン
  がついています。絶対に開けないでください。
7 発見されたファイルを右クリックして削除します。
8 ごみ箱をクリックしてそこでも削除します。
9 ウイルスが発見された場合には、必ずアドレス帳に記載されている
  全員に連絡してください。
  このウイルスは、メールの送信をしなくても、アドレス帳に登録されている
  全てのアドレスに感染するそうです。
  特徴は、14日後にシステムを破壊するとのことです。

以上、ご迷惑をおかけして大変申し訳ありませんが、よろしくお願い致します。

=================================

 もし、あなたにこんなメールが届いたら、あなたはどう受け止め・判断し、
どう処理しますか? 詳しくて親切な、ウィルス情報を提供しているメールで
す。あながち、知らない人から届いたわけではありません。しかし実はこの話
題、とても多くの複雑な問題を抱えているのです。

 まず、ここに出てくる jdbgmgr.exe というファイルは、実存しています。
検索すると、システムから見つかります。このファイルが何者かがわからなけ
れば、「もしかしたら、本当にウィルスかもしれない…」と、不安になります
ね。とりあえず、消してしまう場合もあるようですが、ちょっと待ってくださ
い。

「ウイルスが発見された場合には、必ずアドレス帳に記載されている全員に連
絡してください」とも書かれています。これは、いわゆるチェーンメールの誘
発です。調べてみる必要がありそうです。

 実は、このメール、混乱を狙った「デマメール」と呼ばれる類のメールだっ
たのです。2002年の5月頃から、マイクロソフト社も情報を流して「デマに乗ら
ないように」と警告をしていますが、見知らぬ他人からなら用心しても、知人
から送られてくると用心の垣根が低くなるものです。中には、「こういう情報
が来たので、君も気をつけた方がいいよ」と親切心で、友人・知人に送る人も
出てきます。実はこのjdbgmgr.exe というファイル、マイクロソフト社の正規
のJavaデバッグ用のプログラムで、はじめからテディベアのアイコンで表示さ
れていたのです。手の混んだいたづらでした。

 ところが、ややこしいことに、感染すると、この jdbgmgr.exe というファ
イルを添付して送りつけるという症状を起こすウィルスが開発されていました。
またこれとは別に、今年の正月あたりからは、このファイル自体を狙ったウィ
ルスが開発され始めていて、本当にこのファイルがウィルスに感染しているこ
ともあるのです。ますますdbgmgr.exe というファイルは、多くの混乱を生み
出す存在になっているようです。

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 問題は複雑ですね。ようく情報を把握して的確に対処しないと、判断を誤る
可能性が出てきています。
 そういう時、ウィルス対応ソフトを開発している企業のウィルスデータベー
スを参考にしたり、情報処理振興事業協会セキュリティセンター(IPA/ISEC)に
アクセスすると、確かな情報が得られます。でも意外と、いちいち調べる人は
多くはないようですね。

 ウィルス、デマ、うわさ、善意のチェーンメール、有効情報・・・ 多くの
情報が、今私たちの生活の中に入り込んできています。ほうっておいていいも
のもたくさんありますが、対応しないとならないものも混在しています。似た
ようなものだからといって、他の人に対応を聞いても、当てはまらないことも
あります。結局、情報を受け取った一人一人が、自分で判断して処理していく
しかありません。そのためには、どこで正しい情報を受けとりどう判断してい
くか、一人一人の情報処理能力が問われています。大変な世の中になったもの
です。

 何かものごとに出会ったとき、正しく情報を集め判断して行動していく能力、
これは、生まれながらにして備わっているものではありません。場合によって
は、幾つもの苦い経験をしながら、体験的に学んで身につけていく能力です。
これまでは、多くの人が、社会に出てから苦労しながら身につけてきました。
しかしこれからは、それでは間に合いません。一人一人の生活の中に、既に能
力を問われる問題が数多く存在してきているからです。そこにも、情報教育の
存在意味があります。そしていつも痛感するのは、それを指導するはずの私た
ち教員自身、情報を集め検討し判断し行動するという体験がまだまだ少なく、
学習の余地が大いにある状況だということです。ふ〜む…

 うれしいことに、生活を情報化の流れの中においていると、上の例のような
事件は、日常的に起きてきますので、自己研鑽の教材にはこと欠きません。教
員も生徒も、ここ数年は一緒になって、新しい流れを楽しみながら、自己研鑽
の日々… という感じもします。

 さあ、あなたは、どうしますか? 「情報化の流れの中に身を投じ、子ども
たちと一緒になって、紆余曲折しながらも正面から直進していく」か、「状況
を見ながらなるべく波風立たせずに時期が来るのを待つか(何の時期かはわか
らないけど〜!)」・・・ どう思われますか?





○オーストラリアは 夏だよ の(2003/03/18)第86号より
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【kazumi のワープ】
    〜 いろいろな環境 さまざまな育ち 〜      小田和美
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 卒業式のシーズンになりました。うちの大学ももうすぐ卒業式。卒業学年の
学生は、ほとんどキャンパスには来ていません。出席日数不足、あるいは提出
物やテストの不備で単位が出ていない学生が、最後の追い込みに大学に日参し
ている程度です。教員も、単位認定を終え、つかの間の休養期間。
 ここ数か月を思い返すと、毎年この時期繰り返されてきた、おかしな現象が
ある事に気づきます。何かというとね〜

 この時期、やたらと、パソコンが壊れるんですよね〜! しかも、卒業学年
の学生のパソコンが… 怪我もよくするし、病気にもなる。さらに不思議なこ
とに、家族や親戚の不幸も重なるのです… 

 情報がらみの教科は、課題が多く出されます。締め切りを決めていますが、
間に合わない学生も多い。締め切りに間に合わない場合は、自己スケジュール
をたてて、自己管理しながら課題はすべて提出することになっています。「イ
ツイツまでに、コレコレをやります!」約束するときは威勢良く「今度は必ず
やります。ありがとうございますッ!」と帰っていくけれど、喉もと過ぎれば
ナントヤラ… クラブ優先の体育系大学。講義棟3・4階にあるコンピュータ
室には、なかなか足が向かないようです。そこで出てくるいろいろな言い訳。
よくある言い訳を書いてみるとね〜
 フロッピーが壊れて・・・  パソコンが壊れて・・・  高熱が出て・・
・  インフルエンザにかかって・・・  親(親戚)が亡くなって…  怪
我して入院して…  手術して…

 面白い例を、いくつか紹介しましょうか…
 松葉杖でやってきて、医者の診断書を出す学生さん。手術は終わって、とっ
くに退院してきてるのに、授業に出ていなかった。診断書には、病名とスポー
ツ禁止の診断が書いてある。コンピュータは、頭と指先が動けば、体は使わな
くてもいいんだけどな〜!

 「すみません。課題があることを知りませんでした。これからちゃんとやり
ます。課題のプリントをください。何時までに出せばいいですか?」 と、神
妙に切り出す学生。「あら、授業に出てなかったみたいね?!」「イエ、授業
はちゃんと出ていました! 遅刻したりが多くて、課題のプリントをもらい損
ねてたのです!」  …あのね、この授業の課題は、ネットワークからいつで
も取り出せるようになっているのよ〜〜
 
 どうも、最近の学生さんは、自分でスケジュールを立てて動くのが苦手なよ
うです。強く支持を出されれば従うけれど、驚くほど、自分の時間や成長を他
人に依存しています。
 
 困ったことですが、そういう学生は、相当数います。バイトあるいはクラブ
が忙しいからと、単位が取れているかどうか、友だちに聞きによこす学生。保
留になっても不可になっても何の反応をせず、卒業間際にやってきて何とかし
てください と泣きつく学生。バイト三昧で、ほとんど授業に出席していない
学生。どこに問題があるのかな… と、考えさせられます。





○今日は、エープリルフールだよ の 第87号より
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【kazumi のワープ】
    〜先端技術とトラブルへの対応〜       小田和美
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 先日、ある飛行機会社の羽田発着を扱っているホストコンピュータがダウン
しました。分刻みで大型ジェット機が飛び立ち、大きな事故もほとんどなく運
行出来るのは、もちろんそれらの運用を大型コンピュータが管理しているから
です。そのコンピュータがチョットした人的ミスで、数時間止まってしまった
ということなのですが・・・

 実は、ちょうどその日、私はある会合に出席するため、福岡までその会社の
便で飛ぶ予定でした。もちろん、インターネットでチケットを予約〜!! ク
レジットカードさえあれば、発券と同時にチェックイ〜ン! 飛行機で行けば、
ドアからドアまで3時間。陸路なら、新幹線でも7時間半かかります。もう、
絶対飛行機ですよ。夜の最終便で帰れば、福岡⇔東京が、ナント日帰りです。
ジャンボジェットを代表とするハイテク技術とコンピュータとが合体して、し
かも最近は価格もダウン。ほんと、便利な世の中ですよね〜!
 と、まあ、羽田のロビーに到着しました。ところが、見送りロビーは、既に
大混乱。それぞれが大きな荷物を抱えながら、我もわれもと目的の方向に進も
うとして、身動きが取れないのね。「エッ?? どうして? 連休の初日だか
ら?」それにしても、異常な混みようです。

 電光掲示板を見てみると「あらら… 何も書いてないじゃな〜い…」 そう
なんですね。情報がないのです。そのうち、「コンピュータが止まってしまっ
て運行のめどが立たない」というようなメッセージが流れ出しました。同時に、
飛行機が飛ぶ予定もないのに、「@@時までご出発のお客様は、@番窓口でチ
ェックインをお済ませください。@@時以降のお客様は、機械で搭乗手続きを
してください。」と流れ出した。どうやら、コンピュータが復帰したらしい。
でも、ロビーの中は、身動きも出来ない混雑。しかも、それまで機械が止まっ
ていたため、一度に発券機に人が集中してしまった。しかし、機械のほうはい
つものように、正規の出発時刻の十五分ぐらい前に、受付を終了してしまう。
当分飛ぶはずのない飛行機の乗客は、せかされて次から次へとチェックインを
済ませ搭乗窓口までいこうとする。だって、出発時刻の20分前までには、来て
いるようにって書いてあるからね。まったく、も〜! こういう場合は、手動
で、臨機応変に対応できないのかしらね?!

 出発時間までに機械で受け付けが間に合わなかった多くの乗客は、またカウ
ンターまで移動して人間の手で発券をしてもらうことになる。でも身動きでき
ないので、アチコチで「もう時間がないんで〜す! 通してくださ〜いッ!」
と悲鳴が上がる。慣れているお客さんが「大丈夫ですよ。あなたは何時の便?
 ああ、それなら私のより後です。」となだめている。「絶対に、順番に飛ん
でいくから、あなたの便は、まだまだ先です。」「でも、乗り遅れたらどうし
ましょうか」「名前を呼びにきますよ。大丈夫です。」アハハ… そういう情
報が、乗客同士でやり取りされていること自体、おかしな話よね〜! 飛行機
会社は一方的に、チェックインをするようアナウンスして、飛ぶはずのない飛
行機に乗るために、乗客が次から次へと出発カウンターの前に集まってきてい
る。もう少し、情報伝達に知恵を出して、乗客が判断できるような配慮をして
ほしいわ! 目的地が近いなら、新幹線に乗り換えることだってできるのにね。

 そのうち、痺れを切らした乗客が、大きな声で怒鳴りだした。「声が小さい
! マイクを使え!」「こっちは迷惑がかかっているんだ。もっと親切な説明
をしろ!」同調する人も現れて、ロビー内は、チョットざわつき始めた。結局、
その人たちの乗る便の乗客は、迷惑料として、一人5千円ずつもらうことになっ
た。他の便には、出なかった(当然、一緒に出るものと思ってたんだけどな〜)
 ごね得 見たいな事が、本当に起きるのですね… このハイテクの世界で…



 いやはや、面白い出来事に遭遇しました。ハイテク、高度情報化… それの
象徴のような航空機業界。でも、その実質は、トラブルが起きたときの対応の
仕方で見えてくる。
 これって、どこの世界でもいえることだけれどね〜! 





○夏も 近づく88夜にはちょっと尚早 の 第88号より
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【kazumi のワープ】
    〜銀行の情報化、大丈夫?〜           小田和美
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 情報社会の中で生活していると、便利なようでいて、どこかおかしな現象に
出会います。そのときは話題にするのですが「そんなものだ」と忘れてしまい
ます。しかし、それをメモにでも残しておくと、格好な教材テーマになること
が多いようです。おかしな「銀行の情報化」の話題を一つ、二つ、紹介しましょ
う。

 私は2〜3年前から、もっぱらネットバンクを愛用しています。昨年、ある
銀行に口座開設と同時にネットバンクの申し込みをしました。口座もネットバ
ンクも同時にOKという契約です。申し込み用紙に記入する形式ですが、記入
用紙がわかりづらく、面倒です。窓口の女性に聞きながら記入していきました
が、彼女自身、よくわかっていない。何回も奥に聞きに行くうち、奥にいた責
任者風の男性が、直接応対することになりました。説明をしながら、こちらの
意向に従って、書類の記入までしてくれました。数週間たって、通帳・キャッ
シュカード・ネットバンクカード等が、一式そろいました。

 さて、ネットバンク開始〜! と、アクセスしたのですが、ネットワークに
入れません。ID、パスワード…何回確認しても、無視されます。さっそく電
話をしました。「お客様は、ネットバンクの契約をしておられません。」「え
? これって、ネットバンクがセットになっているのではないの?」「そうで
す。」「おかしくありません?」「おかしいですね…」で、調べてくれました。
結果「申し込み用紙の、ネットバンク申し込みの部分に、チェックが入ってい
ません。」と言われました。「だってそれは、これ以外の契約をする人が記入
するところでしょ? わたしの場合は、ネットバンクは前提だから、その部分
のチェックは不要です、といって、係りの人も記入しなかったのよ!」

「何しろ、その部分がチェックされていないので、ネットバンクのご利用は出
来ません」。。。ナニ? それ〜ッ!! 申し込み用紙の記入内容の整合性チ
ェックの不備でしょ〜が〜! でも、電話の窓口は担当が違うから、どうしよ
うもないという。「お手続き、しなおしてください。」エ〜ッ?? 
 再度、その銀行のサイトをアクセスしました。通帳とかキャッシュかードを
既に持っている人は、ネット上からネットバンク申し込みができるようになっ
ていました。しかしすでに契約をしてる人は、対象外。そういう人は、自動的
にネットバンク契約をしているからだって!(そうなってないから、困ってる
んじゃないの〜!!)

 でもね、思ったのです。「この銀行のシステムは、抜け道がある。だから、
再度ネットバンクの申込みができるんじゃないか」ってね!

 手続きを進めていきました。すでにIDカードまでもらっているのですから、
2重登録のはずです。でも、途中で引っかかることなく最後まで行きました。仮
パスワードを使って契約者情報を見たら、ちゃんと契約済 となっている。デ
ータベース上はネットバンク契約者なのに、実質ははねられていたと言うこと
です。わけわかんな〜い!
 後日、再度、ID/パスワードカードが送られてきました。あれれ、2重登録
だ。その後、その銀行は、システムを修正したのでしょうか??

 別の銀行の話です。ある人に、ネットバンクを利用して振込みをしました。
銀行から電話で、振込みに失敗したと連絡が入りました。振込先を本人に確認
して、再度振込みをしました。今度はOKだったようで、何も言ってきません。
数ヶ月して、再度その人に振り込みました。また失敗したと電話がありました。
おかしいな… 前回の状況、調べてみなくては… 記帳してみて、「アレッ?
 ナニコレッ!!」 その人に、二重振込みをしてることになっています(通
常、ネットバンクで振込み失敗すると、手数料は取られて、振込金は元に戻っ
てくるはずですが、前回、振込金は戻ってきていません)。銀行の勘違い? 
電話だったしね・・・ 

 最近、同じ人にまた振り込むことになりました。前回の分(二重振込み)を差
し引いて振り込みました。また、失敗したと電話がありました。電話で係りの
人と話をしてみて、ビックリ! その銀行は、ある通帳から振り込んだ取引が
失敗した場合、その人の代表口座 という口座に振り込み金を返すのだそうで
す。だから振り込んだ通帳には戻ってきていない。これは、困る といったの
ですが、うちはこのようなシステムですのでと取り合わない。と言うことは、
通帳上は、振り込んだ証明になってしまうのです。これじゃ簡単に、犯罪に利
用されちゃうわね〜! どうしてそういうシステムなのでしょう??

 今、銀行システムは、コンピュータネットワークの上に成り立っています。
膨大な顧客情報がデータベース化され、私たちは在宅/ATM/窓口 を同様
に利用し取引できます。でも、そのネットワークシステムのデザインをしてい
るのは、人間なのですね。システム設計をする人間の「業務の把握と理解」「
人間の特性や利便の考察」「コンピュータシステムへの知識・理解・技術」能
力の如何で、そのシステムの質が大きく変わります。これまであったマニュア
ルな世界の単なる置き換えでは、不備が出ます。どのような不備が起きるかは、
追跡し切れません。バグがわかった時点で、その情報を収集し修正していける
体制も重要になります。でも、そういったことのトップを切っていると思われ
る銀行などの大きなシステムも、意外と落とし穴がいっぱいなのです。これが
現実。

 その落とし穴の意味を知り、原因を考察し、問題点を捉え、改善の方策の知
恵を出しあうという学習が、これからの、学習では望まれます。高校でいえば、
社会現象的立場から考えていけば「情報C]ですし、より懸命なシステム設計
の立場から考えていけば「情報B」ですね。どちらにしても、社会現象の把握、
意味づけ、人間に対する考察 といった学習が前提になってくるのですね。





○ゴルデンウィクがはじまりました の(2003/04/29)第89号より
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【kazumiのワープ】
 〜「理解する」ということと「知っている」ということ〜 小田和美
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 「はい、右手をあげて、人差し指出して〜!」3階・4階のパソコン教室に
いる100名の学生さんが一斉に人さし指を天井に向けます。「これがコンピュー
タだ! って思う場所を、ゆびさしてくださ〜い!」100本の指が、一瞬ひるみ、
あるものはディスプレイ、あるいはキーボード、宙を指したまま揺れたり、そ
して、5割〜6割ぐらいが、迷いながらもパソコン本体をゆびさします。「ア
ハハ…周りの人がどこ指差してるか、見といてね。じゃ〜ね、次ぎいくわよッ!
はい。パソコンのスイッチ入れて! って言われたら、どこを指さすかな??」
100本の指は一斉に、足元にあるパソコン本体に向かいます。
 体はパソコンのスイッチの場所を知っている。それは去年、パソコン操作の
授業で毎回、スイッチを入れてきたからね。繰り返しの体験から、体は慣れて
知っているけど、知識理解としては学習されていない状態です。だから、パソ
コンってどれ?と聞かれると、わからなくなる。まだ、知識と体験とが融合し
ていないのね。

 知識・技術は、持っているだけじゃ意味がない。使いこなして(活用して)、
新しいものを生み出していけることが大事。そういわれると、なんとなくわか
った気になるけれど、それだけじゃ、どうしたらいいかわかりにくい。そこで、
最初の授業では、「断片的で統合されていない知識」「体が覚えてるけど、わ
かっていないこと」「知ってはいるけど身についていない態度」「わけもわか
らずやってきたこと」など身近な例をたくさん出して、理由や対応や教育のあ
り方を考えていくようにしています。

 20歳ぐらいの年齢になると、断片的には多くの知識が、単に知識として蓄え
られています。しかし、統合されていない。全体を見渡すと言う意識がないと、
多くの学生は断片的な知識や技術を、詰め込んだり体験したりしたそのまんま
の形で、鵜呑み状態で蓄えています。でも、それでは、活用できない情報にな
ります。自分の意識下でそれらの情報や技術を統合していくと、「わかった!」
状態になり、新しい知恵が生まれてくるようになるのです。でもね、その部分
は、
 (1)学習者の「学ぶ」ということへの意識 
 (2)試行錯誤しながら断片を統合していく時間 
 (3)適切な課題と支援者 
が必要です。
 いくらアアダコウダ言われても、理解・納得は芽生えませんし、ただ「やっ
てみろ」とたくさんの時間を与えられても、それだけでは学習の成立は難しい。

 そこで、学校教育の中で、教育の一環として、断片的に蓄えられている知識
や技術を統合していくための時間枠が、作られました。それが、総合的な学習
の時間ですね。だからそこでは、たんなんる体験だけでは困るし、分けわから
ず言われたままにグループ絵調べ学習しても目的は達成できないのです。学び
たくなるような興味ある課題の準備、それを試行錯誤しながら解決していく環
境の整備、そこでの学習を見守りながら適切に助言できる教育的支援者の存在
のなかで、これまで学んできたものが、自分の意識の中で統合されていくよう
な学習が期待されているのです。

 じゃあ、そういう学習の時間を、だれが指導するのでしょうね?? それは、
すべての教科の先生方の共同作業しかありませんね。これからの教員はね、ど
うしたら子どもたちの学習が成立するか、どうすれば人間は理解するのか、人
間の能力って何だろう… そういうことをいつも考え、授業の中で実行してい
くことが、大事な仕事の1つになるのですよね。

 ※さて、何人の学生さんが今年、保健の授業を設計できる教員になって行く
のでしょうか…??





ITCE検定試験3級の申し込みがはじまったよ の(2003/05/13)第90号
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【kazumi のワープ】
   〜携帯メールとインターネットメール〜     小田和美
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 高校「情報」が始まりました。家庭ではまだまだ、コンピュータやインター
ネットは一般的とはいえません。置いてはあるけれど、ネットにはつながって
いない。あるいは親があまり詳しくないので、子どもたちのなすがまま。見よ
う見まねで使ってはみても、なかなか使いこなすまでには至らない。しかし、
世の中はすでにインターネット時代。そういうアンバランスの中で、子どもた
ち独自の携帯電話文化が進行しています。
 「情報」の学習でも、この携帯文化を無視することは現実的ではありません。
教科書の中でも触れていますし、授業では避けては通れませんね。特に携帯メ
ールは、私たち大人が良く知っているインターネットのメールとは、作法も使
用法も生活の中での意味合いも違います。この携帯メールを入り口(導入)に
して、インターネットやサーバーの仕組みの話をすると、理解も深くなるよう
ですし、その後の学習にも、興味深くつながっていくようです。さすがに、中
学校では携帯電話の学内への持込は絶対禁止のところがほとんどのようですが、
高校になると最近では、マナーを徹底させる方針に変えている所も出てきてい
るようです。
 大学でも、携帯メールを使っての教務連絡サービスを始めていますし、中に
は、携帯メールでレポート提出をさせている教員もいるようです。大人の側か
らすれば、「子どもたちの生活の中の主流を占め始めている文化を、自分たち
のインターネット文化に何とか融合する形で取り込もう」と言うことのようで
すが、異文化の取り込みは、簡単な話ではないようだと、最近感じ始めていま
す。「根本的なかかわり方の部分で、携帯メールというのはインターネットの
メールとは大きな違いがある」と思うのですね。 
 携帯電話を使い始めると、多くの子どもたちは、メールにはまって行きます。
使いこなすと言うより、漬かりきってると言う感じです。そこには、携帯メー
ル文化とも言える異文化があるのですが、そこでの作法やマナーやモラルは、
人間社会の作法やマナーやモラルにつながっていくものなのでしょうか…??
 そこに漬かりきって、それを当たり前のことと学習していくことは、その先
にある現実の情報社会に参入していくことにスンナリつながっていくのでしょ
うか…??

 先日、こんなことがありました。新学期です。ホヤホヤの女子大学一年生。
担任しているグループ全員に連絡を取る必要が生じました。今の学生さんは、
電話ではほとんど連絡取れません(家にいないか、下宿先に電話は引きません
しね)。授業も選択が多いし、担任といっても暮らすルームがあるわけでもな
く、連絡のしようがありません。入学当初、記入してもらい、何回か修正を入
れた(ほぼ完全に届くはずの)携帯メールアドレスを使うことにしました。イ
ンターネットと共通のアドレスを持っていない学生さんが2名いました。28
名に対して、一斉に送信をかけました。3名はその時点で、アドレス表記のル
ール違反で送信されませんでした。携帯メールではOKのアドレスですが、メ
ーラーがエラーと認識したようです。25名分のメールが発信されました。し
ばらくして、あて先にそのような人は登録されていないいうことで、メールサ
ーバーから19名、送り返されてきました。チャント送れたのは、6名だけで
した。フ〜ム。。。 これって、どういうことになるのでしょうね…

 興味深い結果です。便利に使っているようだけれど、自分の情報が管理され
ていないということにもなります。「誤記」もあるでしょう。「迷惑メールを
受信しないために、アドレスを定期的に変えている」という事情もあるでしょ
う。新しい機種に変えたい場合、「機種変更するより、新規契約にした方がお
得!」というメーカーさんもあるのでしょう。でもね、いずれにしても、これ
からの情報社会では、自分の住所・電話よりはるかに、メールアドレスがその
個人へのアクセス(コミュニケーション)の入り口になります。そのためのメ
ールアドレスが、これほど機能していないということです。大人社会では、こ
れでは通用しませんね。社会的な信用も失いかねません。
 でも、不思議なことに、私が送った用件は、クラスの殆どの子が知っていま
した。噂で聞きつけ、転送をしあったりしたようです。狭い校内ですから、人
的コミュニケーションがフォローしたということですね。

 その後の授業で、名刺作成をしたとき、こういう話をしました。「名詞って
ね、社会ではその人の顔みたいな役割もってるのね。だから、今は、自分でデ
ザインしたり写真入れたりして、自分をアピールする名詞を自作する人も多い
のね。名前の下には、連絡先を入れるの。その人にアクセスしたくなったら、
必ず連絡取れる連絡先を書くのね。昔は、郵便を送ったから住所。そのうち電
話が普及してきたので、電話を書いたの。でも今だったら、携帯電話とか、メ
ールアドレスね。アドレスをしょっちゅう変更してる人は、携帯メールアドレ
スは、書けないわね。意味ないもの!」 いたく納得したらしく、茶色い頭、
黒い頭が、一斉にうなづきました。