目次

第61号: 〜春の異変とインターネット〜 (2002/04/02)
第62号: 〜ホラ、テレビもいつのまにかコンピュータ〜 (2002/04/16)
第63号: 〜サルと水から…〜 (2002/04/30)
第64号: 〜e−mailと一口に言われても…〜 (2002/05/14)
第65号: 〜ノートをとるということ〜 (2002/05/28)
第66号: 〜挨拶、笑顔…〜 (2002/06/11)
第67号: 〜情報社会の中での、意思決定〜 (2002/06/25)
第68号: 〜今年の教育実習事情から〜 (2002/07/09)
第69号: 〜通信簿… 4ヶ月のツケヤキバの学習成果は?!〜 (2002/07/23)
第70号: 〜納得することをトレーニングされてきた子供たち〜 (2002/08/06)

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○年度末でネットワークもお休みの (2002/04/02) 第61号より
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【kazumi のワープ】
    〜春の異変とインターネット〜          小田和美
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 桜餅のおいしい季節になりました。入学式の季節です。東京は毎年、この入
学式から新学期の始めの頃に桜が満開になります。でも今年の桜は、一足先に
入学式を終えてしまいました。チョットした春の異変です。
 そういえば今年の春は、花粉もきつかったですね。町の中で、マスクとメガ
ネをかけている人を、何人も見かけました。去年は、マスクやメガネをしてい
ると何か目立ちすぎて気恥ずかしかったのですが、今年はマスクとメガネが、
街の基本ファッションになってました(言い過ぎかな…)

母「今年の春は、おかしな春だったわね」
娘「マスクかけてる人、イッパイいたしね〜」
息子「卒業式のとき、入学式の花が咲いてたよね」
娘「それって、桜でしょ〜?」
息子「そうそう、桜! 僕も鼻や目が、おかしかったし…」
娘「暖かかったからかな…?」
母「う〜ん… どうしてかしらね…?」

そこで、調べて見ることにしました。まず、桜前線から…
桜前線で検索してみました。今年の桜前線と過去のものとが比較できるところ
ないかしら…?? 一つ、【さくらの開花の平年値(1971年〜2000年の30年間
の累年平均値)】を日本地図上に表示してあるサイト
(http://www.e-machi.gr.jp/docs/tokusyu/04sakura/sp0103_01.html)を見つ
けました。

母「やっぱりね〜! 大体毎年、4月の10日前後に、東京は桜が咲いていたんだ
わ!」
息子「今年のはないの?」

 どういうわけか殆どのサイトが、去年の桜情報のものです。そこで、気象庁
のホームページ
(http://www2.kishou.go.jp/)にいきました。報道発表資料のところに「桜の
開花予想」があり、去年と今年のデータが公開されていました。サッスガ〜!
! これって、「一次情報を検索する大切さ」ですよね!
 それによると今年は、日本全国軒並み、1〜2週間早い、桜の開花になって
いました。やっぱり、早かったのね。しかも、日本中! 

娘「暖かいから、早く咲いたのかな?」

でも、気象庁のページにある「解説」によると、「前年の夏に形成された花芽
は、冬の低温に一定期間さらされると休眠から目覚め、そのあと気温上昇とと
もに成長し開花する」と書いてあります。

息子「じゃあ、暖かい冬だと、春になっても桜は咲かないの?」

私に聞かれてもね〜… そこでまた、調査開始。ついでに、スギ花粉について
も調べちゃお〜う! 結局わかったこと。

1. 桜やスギは、前年の夏、花芽(翌年、花になるもと)を形成するが、その
量は、
その夏の温度や日照量に影響される。
2.去年の夏は、北日本は平年並み、東・西日本では、熱い夏だった。
3.日射量も、多かった。
4.今年の冬は、平年より暖かかった。
5.2月・3月の気温が高く、開花時期が早まった。
5.例年より、スギの花粉飛翔が2週間ほど早く飛び出し始め、対策が遅れた人

多かった。

ナルホドね。ある程度、納得。でもね、「冬の低温に一定期間さらされると休
眠から目覚め」ってあるでしょ。この冬は暖かかったのだから、休眠から目覚
めるのが遅れたり、そのまま目覚めなかった花芽があったかも知れないでしょ
〜?? そこのところは、どうなっているのかしら?

それについては、「花粉症保健指導マニュアル 〜花粉症の概要〜」というサ
イト
(http://www.env.go.jp/chemi/anzen/kafun/html/011.html)に、「現時点で
は、休眠に入ってからさめるときまでのスギの生理が解明されていないために」
という記述がありました。とりあえず、納得。このサイトは、概要 とはいえ、
花粉症というより、スギ花粉飛散についての記述が、相当ていねいに、わかり
やすく書かれていました。いったい、誰が作ったページかしら…? 興味を持
ったので、トップへあがってみたら、環境省の環境保健部というところが担当
しているページでした。これも、一次情報に近いですね。
 ここには、他にも、興味ある特集が組まれていました。

母「また、遊びにこよ〜ね!」
子たち「うん!」

というわけで、春の異変を題材に、春休みのとある1日、母子でインターネット
を楽しんだ次第です。

 ※この記事、役立つホームページの代わりにもなっていますね
よかった、よかった(なぐ)





○若葉がまぶしいですね の (2002/04/16) 第62号より
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【kazumi のワープ】
   〜ホラ、テレビもいつのまにかコンピュータ〜   小田和美
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 わりと古くからあるクイズです。おわかりになるかしら…?
《クイズ》次の数字は、なんの数字でしょうか?
 1,3,4,6,8,10,12

 子ども用雑誌のクイズ集に載ったこともあるクイズですが、よく考えたら、
これを解ける子どもは、実は、関東圏内の子どもだけなんですね… 答えは、
テレビのチャンネル!
1…NHK、3…教育放送、4…日本テレビ、6…TBS、8…フジテレビ、
10…テレビ朝日、12…テレビ東京 というわけ。私が小さい頃は、1週間
の夕方6時以降のテレビ番組表はしっかり頭の中に記憶されていましたっけ…
 今でも、子ども達の頭の中には、1週間のテレビ番組表がしっかり記憶され
ているようで、家族で出かけても、「@@時までには絶対帰ろうね!」という
ことがよくあります。でもね、多分これからの東京の子は、上のクイズは答え
られなくなると思いますよ。だって…

 例えば、我が家は、杉並にありますが、新宿に建ち並ぶ高層ビルの影響で、
テレビの地上波が受信できません。ビルのオーナー企業が各地域の私道に電柱
を建て、有線で地上波に対応するテレビ放送を流しています。また、ケーブル
テレビ網が整備されていて、その信号も送られてきます。家庭内のテレビは、
それらの信号を自由に選択して見られるように配線されています。ですから、
テレビ放送は、57チャンネルまである というのが、杉並の一般家庭の状況
です。

 これだけチャンネルがあるということは、それだけ情報量が豊富だというこ
とですが、ここまでくると、もうインターネットとある意味同じことが起きま
す。「自分から情報を掴み・選択しないと、有効な情報にめぐり合えない」と
いうことです。逆にいえば、情報へのアンテナをしっかり磨いておくと、とて
も有効・貴重で興味深い情報が、家庭内で手に入ると言うことですね。

 ケーブルテレビは、余りにチャンネル数が多く、「面白い番組ないかしら〜」
と、コマーシャルの合間に他のチャンネルにまわしてリサーチするなんてこと
ができません。時間帯によっては、放送を休止している局もあります。そこで、
毎月送られてくる、番組表(雑誌)が頼りになります。それを見ると、各局が、
それぞれ特色を持っていることがわかります。アニメ専用、洋画専用、ニュー
ス専用、カラオケ専用、ドキュメンタリー専用、ネイチャー専用、音楽専用…
… そしてどの局も、いくつかの内容を、時間帯や曜日を変えて、24時間、何
度も放送しています。完璧に「情報提供」という姿勢です。これらの情報とう
まく付き合うためには、各家庭でも、テレビを見るというより、情報を保存・
確認・選択するという姿勢が生まれてくるでしょう(そうなると、いいですね
!)。環境が、情報活用の実践力を育成する… って感じかしら〜!
 
 また、このような状況に対応した新製品も必要になりますね。この春見つけ
た面白い商品に、「コンピュータ制御の、ビデオハードディスク」というもの
があります。コンピュータ制御で、放送番組をスケジュールに従ってハードデ
ィクスにディジタル化して蓄積するというものです。ハードディクスは、入れ
替え可能! 数年後にはきっと、これは各家庭の必需品になっているでしょう
ね!


 ※編集長の育った関西では、2,4,6,8,10,12と 単純でした!

 香川育ちのN嬢は、5(NHK).3(教育).9(ズームイン朝).
 11(水戸黄門).8(ドラゴンボール).33(ドラエもん).
 12(中学生になって放送始まった)だそうです。
 (編集中の裏話)





○連休でもやすまずに の (2002/04/30) 第63号より
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【kazumi のワープ】
   〜サルと水から…〜                小田和美
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 「サルの惑星」という映画があります。人間の傲慢な思い上がりを警告した
映画で、去年の夏には再映画化され、またまた評判になりました。ディジタル
情報社会では、映画を見逃しても大丈夫! ロードショー終了後、間ナシに、
DVDが発売されます。私も、DVDを購入して見ました。

※起:
 おもしろい、シーンがありました。サルの奴隷として捉えられていた人間達
が逃げ出すのですが、どんどん追い詰められて、逃げ場を失います。前は、広
大な海、後ろは武器を持ったサル軍団。そのとき過去からやってきた主人公の
機転で、人間達は海に逃げ出します。サルは、悔しがって、キーキーと声をあ
げますが、手の施しようがありません。人間達は、無事に、逃げ延びることが
できるというシーンです。「こんな、チャチな話!」の何がおもしろいのか?
? ですって?? これはね、「サルという動物は、水を異常に怖がる動物な
のだ」という話を、うまく使っているのですよ! 今回は、この、「サルと水」
からワープして、いくつか話をしてみましょう。

※承:サルと水
 世界的に有名なニホンザルの集団があります。
  1.温泉に浸かって、暖を楽しむサル
  2.海で、芋を洗って食べるサル
  3.雪の上で、雪合戦をするサル
 もちろん、すべてのニホンザルの集団に見られる行動ではなく、ある1匹の
サルの学習結果が、所属する集団全体に広まった結果の特殊な文化です。どの
行動も、人間から見ればたいしたことではなく「どうして、研究家の間で世界
的に有名なのか?」と、疑問を感じる人もいるかもしれません。あるいは「や
はりサルは、その程度の知恵があれば、有名になれるのか!」と思うでしょう
か? でも、もうおわかりですね! 1や2の行動は、サルの本能からすれば、
とてつもなく思いきった行動になるのです。水を異常に怖がる性質(本能)を
持っている動物が、自ら進んでその水に浸かる、あるいは利用するということ
は、とても深い学習によって本能を超えない限り成立しない行為なのです(人
間社会から、汚職や癒着がなくなるのと同じくらい困難なことかもしれません
よ〜!)。では、誰が最初に、本能を超えたのか? ここが、興味ですし、人
間の学習を考える際の、おおきなヒントにもなってきます。

※転:文化を生み出すもの
 1の行動が、いつどのような形で始まったかの記録を、あいにく私は知りま
せん。しかし、2と3の行動については、観察されています。3の行動(雪合戦)
は、まったくの娯楽行為です。写真集にもなっていますが、雪合戦の文化はあ
るサルの集団の、コザルたちの文化です。偶然、雪の塊を手にしたコザルが、
投げあうことに楽しみを感じ、意識して雪だまを作って雪合戦を始めるように
なったわけです。この文化に、大人は混じりません。単なる遊びだけの文化は、
大人社会には浸透していかない…(アハハ… 人間社会もよく似てるわね!)
 サルも、子どものほうが遊び上手なのですね〜! そして、子どものほうが、
身の回りに対して興味・関心が高く、新しいことへのチャレンジ意欲が高いこ
とも、人間と似ています。新しい文化は、コザル達のやわらかく深い好奇心か
ら生まれる、というわけですね。

 実は、芋を洗うサルの行動も、同様な経緯をたどっています。芋を投げ合っ
ているうち(どうも手に入る大きさのものを投げるという行動は、自然自発的
行動のようですね!)、とりそこなった芋が転がり、海に入ってしまった。危
険な海! 怖い水! しかし思い切って、その芋を採りに言ったコザルがいま
した。彼は胸をドキドキさせながら、波が返した合間に急いで芋をとってきま
した。戻って手の中の芋を見ると、ついていた泥がきれいに洗われている。恐
る恐る、口にしてみたら、塩味が効いていて、とってもおいしい!
 ものすごい大発見です。彼はその学習結果を、コザルたちに伝える。コザル
の間で広まった文化を、大人たちもまねをする。そうやって、そのサルの集団
に、芋洗いの文化が広まっていったようです。ここでも、コザルの旺盛な興味
関心が、新しい学習や発見、文化の源になっていますね。


※結:
 この4月から、新しい教育観にもとづく学習が始まっています。これは、土
・日を休みにすることや、授業時間数を減らすことや、教える内容を減らすこ
とが目的なのではありません。目的は、子ども達の中にある、興味・関心・好
奇心・行動力 を活かしながら、一人ひとりが自分の中に多くの発見をし、自
ら感じ・考え・行動していける人間になることが目的です。土・日休日や、授
業時数の減少は、そのための手段(環境整備)です。目先の変化や方法論だけに
目(心)をとらわれていると、全体が見えません。しかし、サルの進化を含めた
人間の知恵の歴史を見直してみると、今、我々が行なおうとしている教育改革
と呼ばれる新らしい流れの奥深い意味合いが、見えてくるように思います。





○2の6乗 の (2002/05/14) 第64号より
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【kazumi のワープ】
    〜e−mailと一口に言われても…〜     小田和美
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 高校「情報」の教科書が発表されました。ネットワーク、インターネット、
マルチメディア… 高校生が学ぶ予定の内容ですが、現在は女子大生も学びま
す。まだ、家庭内のコンピュータ普及率はさほど高くありません(6〜7割かし
ら…)。さらに、実際にマイマシンを持って、日常的に使っている学生さんと
なると、意外と少ない(2〜3割…?)。
 ところが、彼女たちの生活を見てみると、10割の普及率を達成し、非常に
よく活用されている情報化の部門があるのです。アメリカの同世代と比較して
も、普及率・活用状態ともに、はるかに高いレベルになっています。なんだか、
おわかりですか?

 e−mailです。

 e−mailといえば、教科書でも扱われていますね。SMTP、POP、CC、BCC、
件名、宛先、… マナーやルール、ウィルスや注意点等々、内容も豊富です。
でも、その教科書の内容の殆どが、彼女たちのメール世界には、当てはまりま
りません。マナーや注意点の幾つかは、まるで逆の意味になることさえありま
す。いったい、どうなっているのかしら…??

 彼女たちの世界で10割の普及率を誇るe−mailとは、携帯メールのこと
です。ここ数年、携帯電話の普及率や使用形態を調査していますが、3年前に
は6〜7割だった携帯電話の普及率はいまや10割です。使用料金は減っていま
す。使用目的も、電話よりメールへと、シフトしてきています(だから使用料
金が減っているのですね)。1日に行き交うメールの本数は、2桁です。「授
業中に携帯電話が鳴って…」ということも、少なくなりました。音もなく、授
業中、メールのやり取り… というのが、最近の携帯使用の姿のようです。

 ところが、高校「情報」の教科書では、この高校生にも普及している携帯(
携帯メール)は、殆ど扱われていません。高校は携帯持込を禁止しているから
ですって…?? あらら… それも、おかしな話ですね…

 とりあえず、学校ではタブーとして無視されてきた携帯電話・携帯メールで
すが、機能はコンピュータそのものですね。最近では、メール、Web、ホームペ
ージ、写真テンプといった芸当もこなしています。しかし、そこでの作法もマ
ナーも光も影も、学校教育から黙殺されてきましたので、彼女たちにとっての
メールの世界とは、見よう見真似の世界そのものなのです。そこで大学に入っ
てインターネットメールを使い始めると、カルチャーギャップが表面化します。

 例えば新学期始まったばかりの私のパソコンには、インターネットのe−m
ailを始めたばかりの学生さんから、イロイロなメールがとどきます。
 送信者「??#」(メールアドレス、keropi12_y@×××)さんから、本文・
件名ナシのテンプファイルつきのメールがきます。これでは、ウィルスかもし
れませんから、開けられませんね。誰だかわからない人から「本日、パソコン
を購入しました!これから、説明書を読みます!!」とメールが来たので、「
それは、おめでとう!でも、あなたは、ダ〜レ?? 」と返事を出しました。

 メールの作法を知識と伝えたところで、多分、定着しないでしょう。携帯メ
ールの作法とインターネットメールの作法は、おのずから違います。高校で、
インターネットメールだけの作法やルールを教えても、子どもたちにとっては、
ピンとこない話です。子どもたちの間で活用されている携帯メールの世界を認
知した上で、インターネットメールとの比較の中で、ソレゾレのメールの世界
の作法およびその合理性を理解させることが、臨機応変なメールの活用に繋が
ります。

 先日、学生さんと、「携帯メールとインターネットメールの相違点とその理
由」を考える授業をしました。相違点とその理由を考えていくと、サーバー、
メール送受信システム、料金体制、機能の進化、生まれるコミュニケーション
の違い、ウィルス、文字コード… 情報社会を考えていく際の多面的な切り口
が、広がっていきましたし(当然ですが…)、一人一人が納得しながら互いの
意見を交流し、考えていくことができました。これって、とっても有効な、上
質の教材ですね〜! 是非、来年からはじまる高校「情報」では、携帯メール
を活かして、生徒たちの情報化への興味と関心と知識の輪を、広げていっても
らいたいものですね。










○ワールドカップが始まるよ の (2002/05/28) 第65号より
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【kazumi のワープ】
    〜ノートをとるということ〜           小田和美
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 新学期が始まり1ヶ月が過ぎました。新しい講座は、学生さんたちへのオリエ
ンテーションから始まります。その際、「授業ノート」をとるように指示しま
した。今年は、自分で好きなノートを用意して、手で書き込むようにしました。
「入力が早くなってきた人は、パソコンで入力してファイルで保存してもいい
わよ。」と伝えると、80名中2〜3名はパソコン入力に挑戦しますが、殆どの
学生さんは、手書きのノートです。まだまだ、パソコンが身近になっていない
ことがわかりますね。

 去年までは授業ノートを、ワードで入力して提出してもらっていました。始
めのうちは、書き込む欄が入ったファイルを渡し、そこに入力。次第に自分で
作成する部分を多くしていって、そのうち、真っ白な新しい紙に、その日のノ
ートを作成できるようになっていけるよう、教材(ワークシートですね)を用
意していました。
 でもね、これだとノートにならないのね。みんな、ワープロの技術は習得し
ていきます。書式設定、ヘッダー・フッター、フォントの選択、ワードアート、
図形の挿入、罫線、作図… 見た目は問題なく仕上がるのですが、中身がない
… どう中身がないかというとね、授業ノートといっても、教授側がパワーポ
イントで提示した情報をそのまま写しただけ。フ〜ム… どうやら彼女たちに
とって、モニターに映し出されるパワーポイントは黒板と同じ。そして、その
黒板に先生が書いたものを写すことが、ノートを取ることになってしまってい
るようなのです。

 学生さんたちに聞いてみました。「小学校・中学校・高校と、『先生の話を
聞いて、大事だと思うところを自分でノートに書き込んでいくように!』とい
う授業を受けたことある人、いるかしら?」殆ど、いないのです、これが… 
どういう授業を受けてきたかというと、

====授業中は、膝の上に手を置いて、静かに先生の話を聞く。黒板に先生が要
点をまとめて書いていく(板書をどうするか…教員にとっては、大事な課題で
すね)。先生の合図があったら、板書を自分のノートに写す。====

というわけです。大学にくるまでの12年間、殆どの授業でそのような作業をし
てきているのでは、ノートを取ることができないのも、うなづけます。

 そういえば、イロイロな会議で会議録をとりますが、多くの場合、その会議
の参加者の若手が、記録係になります。会議の数日後、その会議録がまわされ
ますが、会議の流れを掴んで、話の要点をうまく捉えた会議録を書ける人は少
ないですね… 話の流れを理解しきれないのか、理解していても、それを文章
化していくトレーニングができていないのか… いずれにせよ、これから社会
に出て行くと、イロイロな場面で人に出会い、その話を聞くことが多くなりま
す。学校と違って講演者は、要点をまとめた板書をしてはくれません。しかし、
中身のある話を聞いた場合、自分でメモ(ノート)をとることになるわけです。
そのとき必要なのは、『相手の話を聞きながら、流れを掴み、要点を捉え、自
分に必要な情報を選択して、記録に残す』という能力です。とても大切な能力
ですが、どうやらこれまでの学校教育現場の多くは、それを学ぶチャンスを、
子どもたちに与えてこなかったようですね。
『いい板書は、それをノートに写すと、後で見てもよくわかる記録になってい
る』なんて、思い込んでこなかったでしょうか? そのようなノートは、教員
自身にとっては必要でしょう。しかし、それを子どもたちに写させることは、
子どもたちの判断力や理解力の育成という面から見れば、『親切がアダ』だっ
たのでしょうね。難しいですね…

 ノートが取れない彼女たちに、私は「字が汚くてもいい。私が話す言葉を、
そのまま写そうと思っちゃダメよ。話を聞いて、要点だと思う部分を、箇条書
きのようにメモしてごらん。後で見直して、『ああ、こういう話だったな〜』
と思い出せるようなノートが作れたらOK。そのうち、人が見ても、どんな授
業だったのかわかるノートを作れるようになるから…」と、励ましています。


 自分が診てわかるノート作りのため、毎回、演習が出されています。そこに
は幾つかの課題がのっていますが、自分のノートがしっかり取れていれば、ど
うってことない課題です。それに記入して、「レイアウト考え、センスいい文
書作成をする」という作業を週に1回ずつ… 半年後、どれほどの力がついてく
るか、楽しみです。 





○ワールドカップ・日本順調だね の (2002/06/11) 第66号より
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【kazumi のワープ】 〜挨拶、笑顔…〜       小田和美
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 6月。私立大学は教育実習の季節です。うちの大学も、卒業学年の学生さん
の殆どが、教育実習で全国に散っていき、なんとなく閑散と寂しいキャンパス
です。
 児童教育学科の学生さんは、幼稚園に実習に行きます。「子どもが好き」だ
けでは勤まらない商売ですが、それは4週間後にわかること。教育実習へ行く
前は、期待と不安、あるいは緊張と意気込みの状態です。その彼女たちに、事
前の個別指導で、心の準備と覚悟をしっかり自覚させ、途中で挫折しない心構
えをレクチャーしていきます。

「どうして、幼稚園教育の必要性があるのだと思う?」多くの学生さんが、「
小学校へ上がる前の子どもに、集団生活に慣れさせ、将来、社会の一員として
活動していくための、ルールやマナーを身につけさせるため。」というような
ことを、言います。ふ〜ン… そうかな〜…

「社会の一員として活動していくためのルールやマナーって、どういうものの
こと?」「みんなとなかよくすることとか、挨拶、お話をキチンと聞けるとか
…」

「じゃあそのために、先生はどうすればいいの? 例えば、ケンカしてる子が
いたら…?」「ケンカはいけないことや、友だちは大事なことを、やさしく話
してあげます」 ふ〜ン… 話してあげるわけね〜? 無理だと思うな〜 だ
って、子どものケンカには、ちゃんと子どもなりの理由があるのだから…。状
況を観察すること、双方の話を聞くこと、そういうことが大切だわ。

「どうして、お話をキチンと聞かなくてはいけないの?」「どうしてって… 
それはお行儀の問題で…」 そうなの…? 面白い話だったら、お行儀なんて
教えなくても、夢中で集中して来ると思うわ。それでも、集中できない子には、
それなりの理由がある。それを教員がしっかり把握することが大切なのじゃな
くって〜??
「キチンと挨拶できる子に、させたいわけ?」「はい。挨拶は、大事ですから」

 どうして、自分たち(大人)の考える子ども像にはめ込みたがるのでしょう
ね? そうやって、挨拶を仕込まれたって、挨拶できるようにはなりませんよ
〜! 学生さん見てたらわかるわ。校舎の廊下を歩いていると、直立不動で「
おはようごさいますッ!」と挨拶を受けます。「あっ、おはよう…」と目を上
げると、目線があいません。彼女たちの目線は私を素通りして、後ろにいるク
ラブの先輩に合っています。義務として従順の合図を送るための挨拶。でもそ
ういう挨拶って、実社会にも多いですよね〜!

 強要されたら、挨拶は素直な心から離れていきます。挨拶というのは、コミュ
ニケーション。心と関係ない挨拶を教えたいわけではないでしょ? 気持ちい
い挨拶は、「しなさい」「した方がいい」と言われてもできません。小さい頃、
母さんや父さん、地域の大人たちや先生から、気持ちいい声をかけられて育っ
た子は、自分も大きくなったらそういう人になれます。ダイスキな先生に「お
はよう!」と言われても笑顔が返せなかった子には、笑顔が出ない理由がある
のね。それなのに「あら、ご挨拶は?」なんて、強要されたら、挨拶が苦痛に
なっていく。それっておかしいでしょ?

 強要されつづけるうち、素直な笑顔や挨拶が、その人の心から消えていきま
す。多分、これまでの日本は、そいう環境だったのでしょうね。笑顔や挨拶が
下手な大人が、多いように思います。

 実習に行く彼女たちに、どんなに落ち込んでも「笑顔」だけは忘れないよう
にと伝えています。子どもの心を安心させるのは、先生の「笑顔」です。落ち
込んでも「笑顔!」 これは、プロとしてのまず第一歩ですからね!





○梅雨はいつあける の (2002/06/25) 第67号より
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【kazumi のワープ】
    〜情報社会の中での、意思決定〜       小田和美
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 フーリガンが心配されたワールドカッップですが、これまでのところはたい
した事件もなく、白熱した面白い試合が展開されていますね。日本では、時折、
騒動が起きているようですが、韓国ではかえって、国内の犯罪が減っていると
か… それぞれの国の文化・事情・受け止め方があるようです。

 韓国といえば、すごい試合ですね、毎回〜! 勿論、韓国だけでなく、ベス
ト8ともなると、まい試合、まい試合、見ていてとても気持ちがいい。個人的
には、競技スポーツはそう好きなほうではないのですが、あそこまで美しい試
合が展開されると、見入ってしまいます。選手の戦いぶりやサポータの様子を
見ていると、それぞれの国の想いが伝わってくるようで、それもまた、面白い。

 
 今回見ていて、再確認した奇妙なことがあります。それは、審判員という立
場の位置付けです。ものすごいスピードで展開される試合を、瞬間的にジャッ
ジしていくというのは、簡単なことではありません。高度な技術と体力と公平
さが要求されます。でも、人間のすることだし、見る方向によっても結論は違
ってきます。でも、多くのスポーツが、最終的な意思決定を審判員の判断に任
せて成り立っていますね。どうしてなのでしょう…??
 これは、人間の「技術の限界」とゲームを「公平」に成立させるということ
の兼ね合いの中で生まれた人類の知恵なのでしょうね。本当のことがわからな
い場合、誰かに「意思決定」を委ね、他の者はそれに従う。当然、意思決定者
には、正確さ、公平性、高い技術等が要求されるわけですが…

 でもね、それはまだ、人間が客観的に事実を振り返る術を持たなかったから
生まれた知恵。でもね、そのルールに固執すると、かえって公平さを欠くこと
にもなります。ワールドカップのサッカーの試合を見ていて、選手の技術がも
のすごく向上していることを感じました。でもそれに追いつくだけの技術は、
現在の情報社会は持っています。目のさめるようなプレーや、審判が下ったキ
ワドイラフプレー等は、その場で何回もイロイロな方向から取られた映像がリ
プレイされますから、視聴者はそれらプレーに対し、概ね一致した正しい審判
を下すことができるようになっています。でも、知恵が追いついていない。相
変わらず「審判員の意思決定を正しいものとする」というルールを適用するか
ら、グラウンド上では一人の審判の意志決定が、試合の動向を左右することに
なる。そこで、おかしなことになる。翌日、「審判員がミスジャッジを謝罪す
る」という場面までありましたが、気の毒な話だと思いますよ。公平で正しく
多くの人が納得できる素早いジャッジをするために、知恵を絞ってきたのでしょ
〜? だったらそろそろ、メディアを活用した、より知恵のある審判方法を考
え出せばいいのにね〜!

 政治あるいは行政といった意思決定の仕組みといった、人間社会の構造にも
同じような問題がありますね。政治も本来、多くの人が参加して行なうべきこ
とだけど、物理的に不可能だから、代表者を立て、その意思決定に従うという
仕組みにしてたはず。情報メディアを使えば今では、多くの人の参加も可能に
なってきているのに、依然として、一部の意思決定者によって動かされていく
仕組みを変えようとしない人間社会。
 どうしてでしょうね〜??

 意思決定者には、権力が生まれます。それが暴走しないように、お互いにモ
ニターできる仕組みをつくるのがバランスのいい感覚だし、いまや可能になっ
てきていると思うのだけれど…





○サッカーの熱気は どこへ行ったのだろう の (2002/07/09) 第68号より
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【kazumi のワープ】
    〜今年の教育実習事情から〜           小田和美
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 6月は、キャンパスが静かになります。我校の6月は教育実習の月で、卒業
学年の学生さんが全国の学校へ、実習生として伺うからです。今年も数百名の
学生さんが教育実習に向かいました。7月に入り、彼女たちがキャンパスに戻
ってきて、また賑やかな学内です。そうこうしているうち、時期に夏休み。 学
生生活と言うのも、なかなか忙しいものですね〜

 教育実習の期間中、教員は担当している学生さんの実習校を訪問し、研究授
業を見せていただきます 。今年も例年どおり、実習校訪問を終えましたが、今
年はいくつか、大きな変化がありました。

 うちの大学は中学・高校の保健体育の教員養成をしています。毎年実習校へ
訪問すると、研究授業は 体育実技の時間です。指導教官も実習生も「体育ダイ
スキ」ですしね、「より速く・より高く・より強 く」を目指した実技指導型授
業が展開されます。体育系クラブで鍛えられてきていますから、クラブ指導の
延長の感覚で、実習生もさほど教材作成に苦労したり、行なった授業の教育的
意味に悩んだりすることなく、実習を行って帰ってきます。(そんなんでいい
のかな…)

 保健の研究授業が行なわれないことはよくあることです。そういう場合は「
よろしかったら、保健の授業も見せていただきたいのですが…?」と依頼しま
すが、多くの学校が戸惑いを見せます。実際見てみると、教科書を順に読ませ
て、プリント資料で少し情報を補う程度の授業が多いようです。

 たまに「申し訳ありませんが、研究授業は保健で行なわせていただきます」
とおっしゃる学校があります。申し訳ないどころか、私としては大歓迎です。
そういう学校の保健の授業は、殆どの場合、面白い 。体と心のつながりや不思
議が、子どもたちの実生活と呼応した形で問題提起されている。子どもたちは
その中で、自分や人間の体と心を知り考える時間を持ち、学習が進む(こうで
なくっちゃね〜!)

 保健という教科は、情報教育的展開を導入しやすい(導入することで教育効
果があがる)教科の一つです。自分自身や人間・社会といった、生活・生き方
を考えるきっかけにもなりやすい教科です。とても重要で知的な教科のハズな
のですが… 
保健・体育というひとくくりの中で、スポーツ体育の影に隠れてしまって、本
来のあるべき姿とかけ離れてしまっているように感じています。

 でも今年は、訪問した中・高等学校のすべてで、保健の研究授業が行なわれ
ました。中学校は勿論、 今年から新しい学習指導要領が適応されています。以
下のようになっています。


■高等学校学習指導要領 第1章 総則 より 抜粋 −−−−−−−−
5 教育課程の実施等に当たって配慮すべき事項

 (5)教科・科目等の指導に当たっては、教師間の連携協力を密にするなど

   指導体制を確立するとと もに、学校や生徒の実態に応じ、個別指導や
   グループ別指導、教師の協力的な指導、生徒の学習内容の 習熟の程度等

   に応じた弾力的な学級の編成など指導方法や指導体制を工夫改善し、個

   に応じた指導の充 実を図ること。
 (8)各教科・科目等の指導に当たっては、生徒がコンピュータや情報通信

   ネットワークなどの情報手 段を積極的に活用できるようにするための
   学習活動の充実に努めるとともに、視聴覚教材や教育機器な どの教材・

   教具の適切な活用を図ること。

 −−−−−−−− −−−−−−−− −−−−−−−−


 先生方も研究されているのでしょうね。高校は来年からですが、既に準備が
始まっているのでしょうか…? 少しずつ、現場も変わり始めているというこ
とが、感じられました。

 これまで、特に教師主導の授業展開が行なわれてきた領域ですから、保健の
授業に陽があたり始めたからといって、急に「多くの知識を教え込む教育を転
換し、子どもたちが自ら学び自ら考える力の育成(文部学省:改定のポイント
等)」を適切に行なうことは、難しいかもしれません。でもね「意識して 始め
る」これが大切!


 高校で「コンピュータや情報通信ネットワークなどの情報手段を積極的に活
用」しながら「グループ活動」という「指導法」を取り入れ「体験的、問題解
決的な学習活動の重視」と「自ら学び自ら考える力の育成」を狙った保健の授
業を試みようとした実習生たちがいました。現場の先生方は戸惑い迷いながら
も、実習生のチャレンジを他教科の先生方も協力して支援してくれたそうです。


 さあ、教育現場、どこまで変われるか… 目標を高く掲げ、一気に加速をつ
けて、日本の新しい教育を築いていけたらいいですね〜!!





○子どもたちは もう 夏休み の (2002/07/23) 第69号より
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【kazumi のワープ】
   〜通信簿… 4ヶ月のツケヤキバの学習成果は?!〜  小田和美
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 夏休みが始まりました。19日(金曜日)、全国の小・中・高等学校の子ども
たちは、新しい通知表を手に、家に帰ってきたことと思います。小学校・中学
校は、この4月から新しい学習指導要領のもとでの学習が始まっていますね。
前号でお知らせした、文部科学省の学習指導要領の新しいサイト(http://www
.mext.go.jp/a_menu/shotou/youryou/index.htm)には、新学習指導要領パンフ
レット(教師向け)もあり、そこには、「新しい学習指導要領のねらいを実現
するための評価の充実」という項目があり、その中に「目標に照らしてその実
現状況を見る評価(いわゆる絶対評価)を一層重視」という記述があります。
また各学校においては「評価の客観性を高めるため、評価規準の作成に向けて
研究」することと、なっています。 もちろん各学校、よく勉強されていること
とは思いますが… 
 私は都内、山の手の某S区に住んでいますが、この春から折に触れ、学校か
ら保護者へ、評価や授業についての説明がなされてきました。小学校も、中学
校もね!
 夏休み前の保護者会では、小学校・中学校ともに、新しい通知表についての
説明のプリントが配布されました。それによると、
1.絶対評価へ移行(小・中)
2.教科の評価も、評定だけではなく(中)、
  評価の観点を示し、それに対する3段階評価をする(小・中)
ということでした。
「評価の観点を示しそれへの到達度を3段階で示すことで、子ども自身が自分
の現在の状態をより把握できるようになる(中)」というような説明がついて
いました。いい話です。私も、楽しみにしてたのですけどね。。。

中学校から持って帰ってきた通知表を見て、あまりのことにガッカリ絶句して
しまいました。
例えば国語ですが、
■国語
・国語への関心・意欲・態度
・話す・聞く能力
・書く能力
・読む能力
・原語についての知識・理解・技能

他の教科も、すべてこの論調です。
でもこれって、評価基準になっていないわ〜!!
関心・意欲・態度、能力、理解、そういったものを、その子のどこを見て、客
観的に評価したのでしょう。子どもだって、自分のどのような部分を改めてい
けばよいのか、これではわかりません。能力・意欲といった曖昧なものを、ど
のように客観的に評価していくかを研究していくことが、今、各教育現場に要
請されているわけですが、この通知表は、そのところをまったく理解していま
せんね。
 これまで、相対評価と呼ばれる評価方法で、クラス全体を知識テストの得点
順に並び替えて、何人までが5、次が4…などとしているうち、教育の原点を
忘れ去ってしまったようですね。(そもそも、知識テストだって、問題を作成
する側にきちんとした評価基準がなければ、単なるフルイわけの方策になって
しまうのよね〜ブツブツ…)

この中学の通知表の問題点は、それだけではありません。もっと怖いことがあ
ります。この通知表が、どういうメッセージを子どもに送っているのか、考え
てみてください。能力や態度や意欲というものを、いい・悪い と評価されて
いるわけです。しかも、絶対評価だという。でもそれが、自分のどのような行
動を見て評価されたのかはわからない(評価してる側も、わからない)。これ
では、「主観たよりのレッテル貼り」になりかねません。

 教育に評価はついてまわります。それは、評価する側によってもされる側に
とっても、有効で大切なものです。明確で説得力ある評価基準があれば、教育
する側は自分の教育をよりスキルアップしていける。子どもの側も、今の自分
を捉え、より好ましい自分を目指す方向を知ることができる。評価というのは
現状を「いい」「普通」「わるい」とより分けることではなく、その現状を客
観的に捉えるためのものなのですよ。

 「明確で客観的な評価基準」は多くの人が望むところですが、これが意外と
難しい。誰が見ても納得し、誰が行なっても同じように評価できる客観的な基
準… 火曜メルマガで発表してきた情報教育の目標リストのような、よくでき
た雛型が、早く多くの人の目に触れるようになるといいですね〜!





○8月になったね の (2002/08/06) 第70号より
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【kazumi のワープ】
  〜納得することをトレーニングされてきた子供たち〜 小田和美
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 暑いですね〜! 立派に夏ですよ… どうして夏って、暑いのかしらね??
 これって、ほとんどの人が子供のころ、感じた疑問だと思います。今でもよ
く、小さい子供に聞かれるもの! でも、大きくなってそういうこと聞いてく
る人って、いない… どして暑いか、わかってるのかな…??

 高校のころ、こんな話を聞きました。地球の自転の軸(南北)は公転面に対
して直角ではなく傾いてる。そこで、太陽と地球の位置関係によって、地球上
の同じ場所でも、太陽の光が斜めから当たったり上の方から当たったりする。
それで地面の温まり方が違ってくるので、「季節」できる。夏は暖かく、冬は
寒くなる。わかったような気になる、うまい説明です。そうか、そうなのかッ
!!
 でも、すぐに程なく、次の疑問がわいてきます。例えば…

 そうか、太陽光とそれを受ける地面の角度で、温度が決まるのか… だから
夏の山は、太陽光に対して平地より傾斜がきつくなるから涼しいのだな! ア
レッ? だったら冬は、山の傾斜地のほうが、平地より暖かくなるのかな…?
 違うぞ… どうして山はいつも平地より温度が低いのだろう。

 そんなこと、考えたことないですって? そ〜お?? 地軸の傾きの話だけ
で、「夏、暑くて、冬、寒い理由」スッキリ納得できましたか?? 

太陽光と地面との傾きで、ある一定の面積の地面が受け取るエネルギーの量が
違ってくる。それは、わかるけれど、それだけでは、気温や季節を説明するこ
とはできません。もしそれがすべての原因なら、冬山が、平地より暖かくなら
ないわけは、どうやって説明するのでしょう? そのまま話を進めていけば、
平地と傾斜地とでは、緯度が同じでも、違う季節を持つことになりそうです。
実際とは、違ってきますね…

そういった疑問に対して、別の答えを用意した先生もいました。気温は、空気
の温度。温まった地面によって空気が温まって、気温になる。高い山では、空
気が少ないので、気温が上がらない。

じゃあ、低い山だったら、冬は平地より温度が高くなるってこと? それにね、
夏でも、寒い日や暑い日があるのはどうして…? 冬でも、暖かい日があるで
しょ?

キリがありません。この話はそもそも、季節や気温の地球規模の年間スケール
の話を、地域的な短期間の気象変化とゴチャマゼにして問題にしているからで
す。子どもの疑問は、身近です。季節、気温も、自分の生活エリアで捉えてい
ます。それに対して、太陽光と地面の傾斜の話は、次元の違う話です。子ども
の疑問に応える「夏、暑い理由」は、もっと複雑で面白い話が関係してるし、
その先には、先端科学でもまだ応えられない問題が絡んできます。でも、子ど
もたちは(多分、スッキリしないまま)、説明された春夏秋冬の気象変の理由
を受け取り、納得したような気になって、聞かれれば、そう応えるようになり
ます。
小さいころは、わかるまで質問し続けたことがあるのかもしれません。でもそ
のうち、質問をしなくなります。多くの場合、それで納得できなくても、質問
しません。だって、何回説明しても納得しない子は、喜ばれないからね・・・
 用意された疑問に、用意された解説。それを納得するのが、勉強。そういう
構図の中で、そのうち自分でも、わかったような気になっていくのじゃないか
しら・・・ 

そのうち、「わかる」ということ自体が、わからなくなっていくのかもしれま
せん。
わかることがわからなくなった子が大きくなって、教員になって、用意した説
明を納得する子どもを期待する… もったいない話です。



総合的な学習の時間が始まりました。そのうちの多くの時間が、「子どもの主
体的な興味・関心に基づくテーマに沿った、問題解決的な学習の時間」に当て
られます。それを指導する教員が忘れてはならないことは、「納得する(でき
る・させる)」ことが目的ではなく、疑問を持ち、それを解決していこうとす
る行動の繰り返しそのものが、目的なのだ ということだと思います。疑問は、
完全には答えられないことの方が多いのです。「ここまでは、わかった(説明
がつく)。でも、この先はわからない。」そうやって、疑問を残しながら、新
しい疑問を次から次へと持ち続けていく中で、人間は知恵を育んでいけるので
す。

「小さいころ疑問に思ったことで、今でも疑問に思っていること、ありますか
?」
この質問は、教員養成課程で学んでいる学生さんに毎年聞いている質問です。
あなたは、この質問に、どう、応えますか??
次から次への湧き出してくる疑問。それの答えを探しながら、人類は知恵を進
展させてきました。先端の科学は常に、その疑問の先にありました。今でもそ
うです。科学も技術も、わからないことがいっぱいあるから、進歩し続けるの
です。