目次

第41号: 〜開かれた社会ということ…〜 (2001/06/26)
第42号: 〜一人で悩まないでね…〜 (2001/07/10)
第43号: 〜目的なければ、ただのオモチャ…〜 (2001/07/24)
第44号: 〜電子メールの授業…??〜 (2001/08/07)
第45号: 〜津々浦々の、情報化…〜 (2001/08/21)
第46号: 〜from function to fashion〜 (2001/09/04)
第47号: 〜熱い想い… だけでは届かない…〜 (2001/09/18)
第48号: 〜あらぬ誤解の原因は…〜 (2001/10/02)
第49号: 〜決定権と権力と…〜 (2001/10/16)
第50号: 〜ああ… ここにもマニュアル社会…〜 (2001/10/30)

全体目次へ






○2001/06/26 第41号より
___________________________________

【kazumi のワープ】
     〜開かれた社会ということ…〜       小田和美
________________________________

 先日、小学校の授業参観がありました。都内の静かな住宅街にある小学校です。
いくつか、いつもと違うことがありました。まず、下駄箱のホールに、受付が置
いてありました。いつもなら、各教室の前に名簿が置いてあって、銘々が出席の
チェックをするのですが… 受付には、クラスの役員さんがいて、来校したした
保護者と歓談しつつ、名簿と照らし合わせていました。地域の小学校です。殆ど
が顔見知り。知らない顔の方も、名簿でそれとなく、どこの誰かがわかる仕組み… 
そして、チェックのあと、安全ピンのついた、赤いリボンを渡されました。「帰
るとき、戻してくださいね。」 なるほどね… 

 池田小学校の事件は、とても悲しく残念な事件でした。でも、私たちは、あの
事件から多くのことを学びました。この小学校の受付の工夫も、そこから得た知
恵でしょう。「開放する」「公開する」ということと、「安全を図る」「警戒す
る」ということとは、両立する別物なのですね。でも、私たちの文化はこれまで、
その違いに無頓着だった。その隙間を突かれた事件でした。日本全国、どの小学
校で起きても不思議はなかったように感じます。

 うちの大学、入り口厳重です。守衛さんが見張っていて、チョット不信な男性
が入ろうとすれば、呼び止められて行き先を聞かれます。中学校や高校も、門に
は鍵がかかっていますよね。もっともあれは、遅刻者を締め出すためであって、
目的は違うわね。始業のベルと同時に閉まる鉄の門にはさまれて、死亡事件もお
きたことがあったわ… 幼稚園も鍵をかけてます。あれは、なぜ? そうね、園
児が外へ逃げ出さないため。だから、外からは開けたり閉めたりできるけど、内
側の園児の手の届く場所に、鍵はついていない。
 小学校はね、鍵もしないし門も閉めてこなかかった。だって、幼稚園や中学校
のような目的は、小学校には不要だったからね。こうしてみてみると、日本の学
校は、「預かっている子どもたちを守るために門を閉める」という価値観を持っ
てこなかったようですね。これまではね、そういう必要のない国だった。でも、
これからは、自分たちを守るために門を閉めるということを、考えなければなら
ない時代なのですね〜…
 
 だけどね、門を閉めるということは、外の世界と隔絶することとは違います。
どんどん、外の世界とつながりを持ち、情報を収集し、自分たちの活動をアピー
ルし、世に問いながら、自らがよりよい方向に向かって常に変わっていく… 
それがこれからの開かれた学校の目指す姿なのではないかしら?

 開かれた学校、開かれた社会、情報の交流と共有、ともに支えあい刺激しあい、
変わりつづける学校(社会)…    素敵だけれど、急には変われない悲しさ
がありますね…





○2001/07/10 第42号より
___________________________________

【kazumi のワープ】
    〜一人で悩まないでね…〜            小田和美
________________________________

 前回のメルマガから、情報教育の具体的な評価の視点が提示されはじめましたね。
 多くの先生方の実践に支えられ、多くの研究者の知恵が盛り込まれ、正調
「情報教育」の理念が通っている基準です。教材開発のよりどころとしても、
実践した授業の評価基準としても、存分に活用していただきたいものです。

 以前(メルマガ31号)、紹介されたときは、情報教育の3つの目標をさら
にブレイクダンし、それぞれに対し、Level2〜Level4に対応さ
せた、具体的な目標が示されました。今回は、さらに細かく、評価の視点と
しての項目が挙げられています。これで、具体的な活動が一段とイメージさ
れやすくなりました。
 
 例えば、小学校3〜4年生のころの<課題解決における主体的な情報活用>
としては、

【問題の発見と計画】:自ら課題を選び計画を立てることができる
【情報の収集】   :身近なところからさまざまなメディアを使って
           情報を集める
【整理・分析・判断】:集めた情報を比べたり、まとめたりできる
【信・伝達】    :まとめたことを、人に伝える

ということが、目標ですね。その年代の子どもたちの活動を思い起こしてみ
ると、ナルホドと思える内容です。通知表のイメージもかなりはっきりして
きましたね。さて、それをどう評価していくかですが、評価の視点として、
具体的な項目が、それぞれのレベルに対応して挙げられています。たとえば、
【情報の収集】について言えば、
d2-010 身近な人からインタビューをして情報を集める
d2-020 いろいろな機器を活用して、情報を集める
d2-030 ネットワーク上に発信された情報を集める
d2-040 印刷物・放送・ビデオなどのメディアから情報を集める
d2-050 自分の調べていることについて、他の人に意見を求める
d2-060 相手に伝えるために、主体的に質問を聞き、調べる
とあります。

 ここまで、具体的になると、グンとわかりやすくなってきます。でもね、
チョット注意してください。例えば、「d2-010 身近な人からインタビュー
をして情報を集める」では、「インタビューをして情報を集めたかどうか」
が評価の視点であって、それ以外の解釈は、本来の目的から外れてしまい
ます。 例えば、インタビューの方法とか、態度とか、マイクの使い方と
かメモの取り方とかの知識や技術のが定着は、このレべルでの評価の視点
ではないということなのです。

 具体的に物事が見えてくると、形を整えたくなります。インタビューと
いわれれば、その方法や技術をまとめて教えたくなります。でもね、情報
教育って、知識・技術の定着を目標とするだけではなく、学習活動を通じ
て能力を育んでいくのが目標でしたよね。だからどうか、この評価リスト
の項目一つ一つは、よく読んで、読んだそのままの形で受け止めて実行し
てくださいね。そして、具体的な授業展開で行き詰まりそうになったら、
以前から紹介している、教材レシピのサイトを訪問して、既に実践されて
評価を受けた教材セットを取り寄せてみてくださいね。
 くれぐれも、「一人で悩んで・勝手に解釈して・一人歩き」なんてしな
いで、情報教育のネットワークを活用して、一人一人が開かれた環境の中
で研鑚にイソシミましょうね〜!!   





○2001/07/24 第43号より
___________________________________

【kazumi のワープ】
    〜目的なければ、ただのオモチャ…〜    小田和美
________________________________

 ある、お母さんの話です。キャリアウーマンの一人であるそのお母さんは、
朝早かったり、夜遅かったりで、なかなか子ども達と、ゆっくり過ごす時間が
取れません。そこで今年の初め、全員に、メールの使い方を教えました。「い
つでも母さんと連絡が取れる!」を誘い文句にしたら、全員が相当真剣に話を
聞き、チョット複雑な操作(1台の古いマシンを共有しているので、パスワード
とか個別送信の方法とか、あったのです)も制覇し、使えるようになりました。
 
では、ここでクイズで〜す!
【クイズ】 半年後の現在、その家では、どういうメール利用状況でしょうか?!?!?
 1.毎日、お母さんと、メールのやり取りをしている
 2.兄弟姉妹同士でも、友達同士でも、メールを活用している
 3.全然、使っていない

 実は、こうなりました。高校生の娘さんは、現在そのメールは使用していま
せん。普段はもっぱら、携帯メールを使って、友だち同士でコミュニケーション
しています。お母さんとも、電話ではなく、携帯メールで連絡を取り合ってい
ます。中学生の娘さんはメールを活用していますが、実はお母さんとやり取り
はしていません。中学になって学校やクラスが違ってしまった親友とのメール
交換、同人誌仲間とのメール交換などに、使っています。ただ、毎日メールを
チェックしているので、お母さんが出したメールは、チャントと見ているよう
です。小学生の二人は、使っていません。最初の数日は、使っていましたが、
そのうちやめました。「お母さんじゃないみたい…」ということです。今は、
毎日何回も、お母さんの携帯電話に直接電話をかけて話をしています。

 仕事をしている私達にとっては、メールは大変重宝ですし、もはや必要不可
欠のコミュニケーヨンツールになっていますね。でも、親子の間のコミュニケ
ーションツールとしては、あまり向いていないのかもしれません。もっとも、
子ども達が大きくなり、それぞれ独立して親元を離れた場合には、また、重要
なコミュニケーションツールとして、復権してくるかもしれません。その人と、
なにをどうしてどのようにコミュニケーションするか… 目的に応じ、ツール
は使い分けられるものです。E-メールは、有効で大きな可能性を持った新しい
ツールですが、それを活用できる目的がなければ、単なる玩具に過ぎません。

 次は、ある小学校での話です。情報教育の大切さを感じ、手探りながら、情
報教育をすすめていますが、なかなか問題が多いようです。先日、こんな問題
が起きました。4年生に、メールの使い方を教えました。メーラーの使い方、
メールの書き方の作法、メールを送受信する際のマナー… そういった感じで
授業は進みました。ローマ字入力一覧表を見ながら、友だちにメールを書き、
学内ランを使って、メールの出し合いをしてみました。操作技術は難なく覚え、
授業は楽しく終わりました。それから数日後。何人かの父兄から、学校に苦情
が寄せられました。実はそのあと子ども達は、家に帰って自宅のマシンを使い、
メールを出し始めたようです。家にいながら、お友だちとコミュニケーション
取れる。誰にも聞かれない、覗かれない、自分達だけの秘密のコミュニティ…
 そこで始まった、友だちの噂、悪口、仲間はずれ… 子ども達の動向に気づい
た親がメールの中味を知り、学校へクレームをつけてきたわけです。「メールな
んて教えるから、こういうことが起きる。メールの授業は、やめて欲しい。」と
いうわけです。

 さて、ここで問題です。
【問題】この学校では、どうして、こういう事態になってしまったのでしょうか?
    メールの授業は、父兄の意向どおり、やめたほうがいのでしょうか?
    この事態を、どう捕らえ、対応すればよいのでしょうか?
    授業のどこかに問題があったのでしょうか?

う〜ん…
どう思われますか??
これは、もしかしたら、とっても身近な問題では、ないでしょうか。どこの学校
でも、起きる可能性があるようにも感じます。次回のメルマガまで、少し、みん
なで考えてみませんか? 上の問題への、あなたの考え、よかったらメルマガ編
集部へ、お寄せください。   





○2001/08/07 第44号より
___________________________________

【kazumi のワープ】
    〜電子メールの授業…??〜          小田和美
________________________________

==============
 さて、ここで問題です。
【問題】この学校では、どうしてこういう事態になってしまったのでしょうか?
    メールの授業は、父兄の意向どおり、やめたほうがいのでしょうか?
    この事態を、どう捕らえ、対応すればよいのでしょうか?
    授業のどこかに問題があったのでしょうか?
================
が、前回のワープのテーマでしたね。早速、何人かの方から、ご意見をいただき
ました。いくつか紹介しながら、一緒にワープしていきましょ〜

 「インターネットは、外の世界。ヨチヨチ歩きの段階で、急に外に出すから、
トラブルになる。まず、教室内で、小規模にメールを使わせながら、そこで起き
るトラブルを教材にして、段々学習させていけばよい。」というご意見がありま
した。
「インターネットは、外の世界。」 そのとおりですね。何の準備もなく、外の
世界に放り出されては、学習効果があがらないという場合は、確かにありますね。
 例えば、検索。検索エンジンで、検索すると言うのは、なかなかタイヘンな作
業です。しかも、子供の興味にマッチしたわかりやすいサイトを捜すとなると、
殆ど望み薄。中には、子どもの目に触れさせたくないサイトも、ありますしね。
そこで、「こねっと」でも、子供用検索サイト「こねっとgoo」を開発しまし
たね。興味関心にマッチした、ヒットが出やすい検索エンジンで、徐々に的確な
キーワード検索に慣れていく環境… これって、とても有効な学習環境だとおもうわ〜!

 インターネット上の、影の部分。これは、ある時期(判断力がついて、自己認
識が芽生えだす頃)に、知識としてキチンと伝えておきたいものです。でもこれ
も、そのものズバリの問題サイトを使いながら学習する必要はありません。そう

 http"//www.moriguti-ps.osaka.schoolnet.gr.jp/netiket/netiketindex.htm
を活用することを、お勧めします。

 でもね、メールを教室内で、あるいは学校内だけでやり取りして、メールの練
習をするという学習?だけでは、電子メールのメールのコミュニケーションの学
習にはなりませんよね。だってそれって、メールじゃないもの! クラスの友人
同士は、face to face の仲間。
 メールというのは、近くにいないけれども連絡を取り合いたい場合に有効な手
段でしょ〜! だから、学校内部のメールごっこに終わらせるのは、私は賛成し
かねます。このような活動で学べるものって、なんだろう… メーラーの使い方?? 
そんなの、わざわざ練習しなくても、メールを出す正当な目的さえ与えられれば、
すぐにでも使えるようになるわ! 文書の書き方? 言葉使い? マナー? モラル?
 そういうことは、メールが有効に活かされる環境の中で学んでこそ、納得でき
るのよね〜

 実際に、ここで取り上げた問題が起きたという学校からも、お便りいただきまし
た。きっと、これから、全国いたるところで、このような問題は起きてくることと
思います。その学校では、事件は女子生徒の間で起きたようです。多分、男の子よ
り女の子の間で起きることが、これからも多いのでしょうね〜 (アッツ、でもこ
れ、男女差別ではありませんよ。脳の構造やホルモン分泌等から生じてくる、
「男女の性差の認識への影響の研究の成果」からの見解で〜す! この話も面白い
けど、また今度!)

 
 ここで取り上げた問題も、これまでも多くの学校で、交換ノートを媒体にした
「仲間はずし」や「悪口・陰口」が起きていたのと、基本的には同じだと思います。
 つくづく思うのだけどね、インターネットって、ホント、鏡ね〜!!これまでの
私達人間社会がうやむやにしてきた自分達の姿が、素敵な部分も醜い部分も、悲し
い部分も嬉しい部分も、スポット浴びて拡大鏡に映し出されるように、クッキリと
浮かび上がらせてくれます。
 メールを教えたから、「仲間はずし」や「悪口・陰口」をしたのではありません。
たまたま、媒体がメールだったということね。その芽は心の中に潜んでいて、発芽
のチャンスを狙っているのです。そんなとき、「メールの使い方」を知ってしまった。
でも、「メールの目的」を持っていない(メールの有効性を学習していない)。
それでは、料理の面白さを教えずに包丁の使い方だけを教えたのと同じだわね〜!
 何していいか、わからないもの。イージーに、心の誘惑に従ってしまうわ!! 

 教育がすべきことは、心の中のそういう悲しい芽に、子供たち自身が気づくキッカ
ケを仕掛け、そういう自分をどういう自分に変えていくかを考えるような態度を、習
慣付けさせることだと思います。これは、「してはいけない」「わるいことだ」と、
いくら言っても、効き目はありません。自分自身で、気づき納得し、築き上げていか
なければ、身につきません。これまでの社会は、それでも何とかなった。改まってオ
スマシしなきゃいけないときに困らない程度の知識として、マナーやモラルを「知っ
て」いればよかった。普段は適当にしていても、周りにチョコチョコ迷惑やいやな思
いをさせながら、なんとかやり過ごせた。
でもそういう身についていないモラルやマナーは、これからの情報化社会では、とん
でもなく厄介な存在です。インターネットという大きな道具に乗っかると、個人のチ
ョットした失策でも、思いもかけないような大きな影響を社会全体に与えてしまうこ
とになるのですからね。
だから、私達(教育者)は、社会の中の自分を自己認識しながら、自分の振る舞いを
自ら納得して決めていけるどもたちを、育てていく必要があるのですね。

 メールを通じてのモラルやマナー等の学習は、メールが有効に機能する環境(メー
ルを使うことに意味がある環境)を整えて、やるのがいいと思いますよ。例えば、遠
くの学校の友だちと、互いの環境を伝え合うことで学習が進むような教材を準備でき
たら、いいですね。それならメールは、はっきりとした役割を持っています。子ども
達も、目的のために、大切に有効に、メールを扱うことでしょう。

 普段のコミュニケーションはね、しっかり相手の目を見て心を感じて、互いを出し
合い気遣いながらするのが一番!!  そして、そこでの基本的なコミュニケーション
が、しっかり暖かく学べているかどうか、気配り目配りしながら指導していくことも、
情報教育を推進していくためには、これまでよりもいっそう大切になってくると言う
ことなのですね〜!!





○2001/08/21 第45号より
___________________________________

【kazumi のワープ】
   〜津々浦々の、情報化…(最新のカーナビ)〜    小田和美

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 お盆がやってきました。東京の空が、きれいになる時です。お正月とお盆の、年2回。
東京に、きれいな空と緑が戻ります。地方から来て、地方に帰る人たちは、そのとき東京
に戻ってくる自然を知りません。東京育ちの私が、「お盆に故郷に帰る人たちは、東京の
本当の姿を知ることはないのね。」と言ったら、お盆・正月の東京を知らないある人に、
「それは、東京じゃない。東京は、ゴミゴミした喧騒の都会だから東京なんだ。」と言わ
れました。 。。。 深い話です… 

 この時期の東京は、道路もスキスキです。どこへ行くにも、時間がかかりません。気持
ちよく車は流れ、カーナビの目的地到着予定時刻は、3〜4割短縮されます。
最近のカーナビは、とても賢いですね〜 自分がどこを走っているかが、チャントわかっ
ているし、道路の混雑状況や事故情報をゲットしていて、一番早くスムーズにいける道順
を教えてくれます。東京の渋滞の中を車で移動することの多い私にとって、なくてはなら
ない相棒です。

 でもね、実はこのカーナビ、2代目なんです。
 1代目のカーナビも、スグレモノでした。通信衛星と通信しあって、自分の位置を特定し、
目的地までの道順を教えてくれくれるようになっていました。これはこれで、結構頼りに
なったのですが、決定的な欠陥がありました。実はこのカーナビ、東京じゃあ、使えなか
ったんです。東京の地図が、おかしかったのだろうって?? ハハハ…違いますよ〜
 東京は、高層ビルが多いのです。高速道路も通っています。だから、通信衛星からの信
号が、ショッチュウ、受信できなくなるのです。新宿あたりを走ろうものなら、ディスプ
レイ上の車は、止まったまま… たまに入る信号を受信しても正確な位置が取れずに、と
んでもないところにワープしていました。これでは、かえって、混乱します。

 今使っているカーナビは、通信衛星からの信号のほかに、ジャイロや走行距離を情報源
に自分の位置を特定し、さらにVICSからの情報で、渋滞や交通規制、駐車場の混雑情
報等々が、リアルタイムでわかりやすく提供されるのです。VICSと言うのは、道路上
に設置されてたビーコン(情報通信施設)やFM多重放送からの交通情報を、VICSセンター
(1995、警察庁、郵政省、建設省および民間企業の共同出資で設立)で編集・処理して、
渋滞や交通規制などの道路交通情報と共に無料で送信されるシステムのことですね。いわ
ゆる高度道路交通システム(ITS)。話としては聞いてはいましたが、実際にその機能を使
ってみると、タダタダ関心! ホント、お利巧さんね〜!
 自分のいる位置を特定するための一番の情報源は、ジャイロのようです。ジャイロと走
行距離で、相対的位置を常に計算しながら、都心を走っていてもたまに入る通信衛星から
の情報を受け取った瞬間に、情報を処理して誤差を補正し、正確な位置を特定しているの
でしょう。
 しかし、賢いナビさんも、これまでに2回、ナビが自分の位置を見失ったことがありま
した。どちらも駐車場を出るとき。
1回は、狭い駐車スペースから出るために、小刻みに何度も切り返して方向を転換させた
ときでした。もう一回は、駐車場を出るときに、ホラ、180度ターンする台があるでしょ? 
あれに乗ったときでした。間違えたのがわかったのか、何度も自分の位置を補正するのだ
けれど正確に特定できずに、「リルートします」「リルートします」を連発してたのが、
とってもかわいかったで〜す!!

そうそう、それから、このカーナビには、私がとっても気に入ってる、ある新しい機能? 
がついています。うーん、機能というべきか…、でも、これがまた、すごいのね〜
ここでクイズです。

【クイズ】
そのカーナビについている、(私のお気に入りの)すごい機能?とは、なんでしょうか?!

こんなのあったら、きっと素敵! とか、こういうのが嬉しい! とか、イロイロあると
思います。思いついたら、メルマガ編集局にお寄せくださいね〜!!
 解説は、次号で…


* * * * * * * * * * * * * * * * * * *
 前回の【kazumi のワープ】〜電子メールの授業…??〜で、間違えて、別のURLを
記述してしまいました。これは、意見をいただいた現場の先生(向井先生)のページで
した。ごめんなさい。

インターネット上の問題サイトのモデルを作成して、教材として公開しておられる瀬田
小学校の石原先生の公式サイトは、
   http"//www.otsu-seta-e.ed.jp/rinri/hyousi.html  です。

 石原先生は、教材の共有化を強く意識しておられ、このサイトも、『利用、改変、再
配布等全くご自由にお使いください』と言うことで、公開されています。『なんか、似
たようなのがイロイロたくさんあるようで…』と、笑っておられますが、なかなかのア
イデアの教材です。私たちの共有財産として、どんどん活用して、広げていきたいもの
ですね。

 この教材が、どのような理論や研究成果の元に作成され、どのように活用されている
のか、ということが、よくわかる 「情報倫理と教育フォーラム(FINE2000)」 での報告を、
  http"//www.fine.lett.hiroshima-u.ac.jp/fine2000/4-1/isihara2.html(サイト閉鎖)
で、見ることができます。単なる思いつきのアイデアではない、深い教育的配慮が裏に潜
んでいることが良くわかります。こちらも是非、覗いてみてくださいね〜!!





○2001/09/04 第46号より
___________________________________

【kazumi のワープ】〜from function to fashion〜
             機能 から おしゃれ心へ 小田和美

_________________________________

前回の【クイズ】の問題で〜す!!
そのカーナビについている、(私のお気に入りの)すごい機能?とは、なんでしょ
うか?!

では、お答えします。
実は、私の車に乗ると、次のようなことが起こるのです…
車のエンジンをかけたと思ってください。すると、カーナビにも電源が入り、女
性の声で挨拶されます。DVDのデータを読み込む間、画面には女の子のイラス
トが表示されます。よくありがちなパターンです。ところが、このカーナビをつ
けて2ヶ月ぐらいたったある日、滅多に同乗しない子ども達を乗せて出発しようと
したときのこと。
「アッ! 今日は黄色のスーツだ!」
「ホント! 衣装もち〜!!」
えっ? 何の話?? と、聞いてみると、最初のイラストの女の子の洋服のこと
だという。子ども達の話だと、彼女はよく、洋服を着変えるのだそうです。
「母さん、毎日乗ってるくせに、知らなかったの〜??」
「へぇ〜… 知らなかった」
「え〜ッ! オックレッテル〜!!」
子ども達は得意そうに、これまでのファッションを、数え上げてくれました。

言われてから、車に乗るたび注目するようになりました。本当に、オシャレです。
でも、それだけじゃないんです。時間によって、ファッションが違うんです。昼
間は、スーツとかワンピースですが〈これがまた、イロイロ持ってる!)、夜に
なるとドレスに着替えて、お出かけします。もっと遅くなると、湯上り姿になっ
て、深夜にはテディベア抱いてパジャマです。なんという、きめ細かい遊び心!
! こういうの、大好きなんですよね〜!!
7月にはいったある日、袖ナシのワンピースが新調されましたえました。他にも数
種類、真夏の洋服が加わりました。
「アハハ… すごいわね〜 これ、夏休みになったら、水着になったりして〜!」
「まっさか〜 そこまでやるかな?」
「でも、水着になったら、脱帽ものね!」
などと、冗談を言っていたら、ナント8月。とうとう、水着が登場しました。夕
方になると、浴衣です。しかも、日替わり!! いいですね〜! この感覚!!
 とことん手を抜かない遊び心…
日本も生活の中に、上手にマジメにさりげなく、遊び心を活かせるようになって
きた?! う〜ん、そういう価値観の変遷もあるのかもしれませんけどね、それ
だけじゃないと思うのね、この現象の背景って…

一昔前だったら、そういう企画を会社内で出しても、まず通らなかったのではな
いかしら? 技術的にね、余裕がない。限られたシステムの能力の中で、まずは
機能がが優先される。高価なカーナビを購入する人たちだって、機能がないのに
遊んでいるような目先だけの製品では、厳しい商戦に勝ち残れませんしね。激し
い競争の中で、技術が磨かれ機能が充実し、そこで生まれた技術的精神的余裕の
中で出てきた遊び心の具現化だと思うのよね! 

日本って、人生や生活や仕事に遊びを同居させることを、不謹慎と感じてきた国
よね。今でも、笑うことが下手。テレビのバラエティでも、オチャラケ〈ふざけ)
やイジメが、まだまだ幅を利かせている文化。。。 アメリカ映画なんか見てる
と、冗談言いながら仕事したり、辞世の句代わりに冗談言ったりするでしょ… 
 この違い、面白いですね。さりげなくウィットやユーモアで人生を捉えるって
いうセンス… でも、カーナビの進化を見てると、日本もまだまだ変わっていけ
る〜 と感じて、嬉しくなってくるのよね〜!!

でね、実はね、今とっても、冬が た・の・し・み…!!





○2001/09/18 第47号より
___________________________________

【kazumi のワープ】
    〜熱い想い… だけでは届かない…〜       小田和美
________________________________

 9月7日(金)、8日(土)は、兵庫県氷上郡市島町で、日本教育工学会夏の合
宿研究会が行われました。どん な印象かって、一口で言えば、とても気持ちのい
い、町でした。 何が気持ちいいかっていうと、例えばね…

 宿舎になった野外活動センター「エルム市島」は、澄んだ空気の山の中に、コ
テージやキャビンが建っているの ですが、夜は真っ暗になる、自然志向の施設で
した(なんせ、携帯もピッチも、電波が届かず、電話もなくて、結局半日間、完
全に、外部との連絡ができなかったぐらいですよ〜!!)。 
 ここではごみの分別収集がきめ細かく分けられていました。地方によっては、
燃えにくいゴミも燃えるゴミも一 緒に回収していたりして、そのゴミの行方が気
になるときもあるのですが、ここは、それぞれのゴミがどのように 処理されてい
くのかがよくわかる、徹底した分別収集でした。気持ちのいい話です。
 朝、鳥の声で目覚めて、カーテンの向こうのやわらかい日差しに誘われて散歩
しましたが、山特有のひんやりし た空気が、懐かしかったです。これも、気持ち
のいいことね…
 前日の交流授業の中で、このあたりが環境に大変気を配っているということを
知りました。ゴミの分別、天然バ クテリア等を活用したろ過装置、有機農法の野
菜や果物… 気持ちいい話です。私、こういうの、とっても好きな のよね〜

 研修会場になったライフピア市島という施設は、チョット町はずれの山すそに
あり、まだ新しい、きれいな施設 です。
(http"//www.town.ichijima.hyogo.jp/Sisetsu/Lifepia/Lifepia.htm#art)
年間を通じて、音楽やアートのイベントが計画されているようで、交通の便もあ
まり良くない小さな町が、これか らどう変わっていくのだろう… と、興味と驚
きを感じました。そこの研修室を使っての研究会でした。140名 以上の参加が
あり、氷上情報教育研究会のメンバー総動員の準備もさぞかし大変だったことで
しょうが、その上、 笑顔絶やさず、町の中の移動のために、マイカーを繰り出し
て、参加者の足の便まできめ細かく気配りいただきま した。これも、気持ちのい
い暖かい話です。
 暖かいといえば、この研究会場で、ハッ! とする言葉に出会いました。化粧
室に行ったときの話です。目の高さのところに貼ってあった短冊に、「前の人の
後にあなたが使うのではなく、次の人の前にあなたが使っているということを考
えて…」というような内容が書かれていました。ウ〜ン… 思わず、見とれてし
まいました。意味深 い、そしてとても暖かい言葉です。同じ自分の行動も、全体
や他の人への思いやりの立場で捉えなおすと、新しい 意味が出てくるものだと、
感心しました。聞いてみると、男子用の化粧室にも、その言葉が貼ってあるとか
… 町 全体の姿勢が感じられる出来事でした。

 さて、この研修会場には、各種メディアも用意されており、我々のような分野
の研修にも、不便がないようなデ ザインになっていました。2日目のことです。
少し遅れて会場に行ってみると、既に壁際の電源近くの席は満席で した。でもみ
ると、床コンセントが用意されていて、電源は確保できそうです。空いていた前
の席について、その 床コンセントの蓋をあけようとしたのですが、アレッツ??
 開きません… おかしいな… 私、力ないからな〜 …
 しばらくは、充電状態で使っていましたが、密度濃い研修会の内容を入力して
いくうちに、電源が怪しくなって きました。お隣の方も電源が必要になってきた
ので、その床コンセントを使おうということになりました。
「これ 、堅くて、さっきはあかなかったのよね…」
「そうですか、大丈夫でしょう… やってみましょう!」 
   でも…  「アレッ? 堅いぞ…」 他にもそのコンセントを使おうと思
っていた人たち総動員で、その堅い蓋をあける作業 が始まりました。ドライバー
を借りて、頼もしい男性陣、数人がかりの作業になりましたが… 開きません。
ドラ イバーの先が、折れ曲がってしまうくらい、頑丈に蓋は閉じたままです。

そのうち、原因が見えてきました。床掃除のワックスです。丁寧に、掃除が行き
届いた研修室。きっと掃除の担当の方が、丁寧にワックスをかけられているので
しょうが、そのワックスが床コンセントの蓋と床の間に入り込み、固まって、接
着剤の役割をしてしまっていたのです。床コンセントを使うような研修も、あま
り行われていなかったのでしょうね。かくして、開かずの 床コンセントが出来上
がってしまったのです。

 う〜ン… 意味深い話です。気配り、目配り、思いやり、どれも大切だし、そ
れは与える側も受ける側も、生活 を暖かく豊かなものにします。でも、それだけ
では、情報化を有効に活用することには繋がりません。新しい技術 や知識の導入
には、想いだけではなく実質的なスキルが必要だということですね。これって、
情報教育の展開とも、通じることだわね〜

 子どもたちや教育に対する、熱い想い、深い配慮、一人一人への心配り… そ
れらはどれもとっても大切で、子 ども達や私たちの学校生活や教育活動を、暖か
く豊かなものにするけれど、社会の流れに応じた新しい教育観や情 報教育の導入
にあたっては、確かなスキルや知識も必要だということなんですね。





○2001/10/02 第48号より
___________________________________

【kazumi のワープ】
    〜あらぬ誤解の原因は…〜        小田和美
________________________________

 私たちは、言葉を使います。言葉で表現し、言葉で受け取り、それで互いに、互
いの想い・思考・知識を伝達しあいます。最初のうちは、心を見つめ言葉を吟味する
ことに慎重ですが、そのうち慣れてくると、緊張が薄れてきます。そして、言葉で
表現した時点で、伝え合い分かり合えたような錯覚に陥ります。同じ言葉が、発信
するがわと受け取るがわとでは、違う意味を持っていることがある…この基本が、
忘れられてしまいます。大切なのは、言葉ではなく、その裏にある人の心・想い・
考え・論理・事実… のはずなのに…

 言葉が誤解を生む理由は、いくつかあるでしょう。感情を表す場合は、一つの言
葉がイロイロな意味・ニュアンスを持っています。言葉だけではなかなか、相手の
心は読めません。日常、表情、状況…それらの情報から総合的に処理していくしか
ありません。伝えるがわにも受け取るがわにも、覚悟と時間が必要ですね。
 心とか感情ではなく、事実や思考や論理を伝えたいときにも、誤解・スレチガイ
が起こります。理由はいくつかあるでしょう。困った理由としては、「言葉を吟味
し深く理解しないで受け取る・発信する」ということがあります。言語道断といい
たいけれど、独り善がりな言葉の使い方からくるすれ違いは、たくさんありますね。

 厳密に言葉を使い、深い理解で受け取ろうとしても、誤解が生じることもありま
す。それは多くの場合、文化の違いから来ますね。一人一人が背負ってきた時間、
環境、文化、習慣… その中で作られたそれぞれの人の文化があります。互いを思
いやるということは、その人の文化から来る感性の違いまで含めて、受けとめ理解
ションとはいえないのよね〜!!! 

 しかし、多くの人に、共通の理解を得てもらわないと困る場合が、社会の中には
いくつもあります。公的文書の殆どはそうですね。法律、条例、答申、会議録… 
イロイロありますね… こういう文書は、言葉を吟味し、客観的に記述し、受け取
るがわにあらぬ誤解が生じないよう配慮して作成されています。でも、言葉を通じ
て事実を「知る・伝える」ということは難しい…
 
 前回でも触れた、氷上の研修会での話です。
 以下の記述は、この研修会に参加したある男性への奥さんからの想定質問とそれ
への(正しい)回答です。 (でも、彼はそのようには対応しなかったけれど…)

・どんな合宿研修会でした? そこには若い女性が、大勢きましたか?  ハイ
・その女性たちと、おいしい食事をし、お酒を酌み交わし、熱い言葉を交わしましたか?  ハイ
・さらにその女性たちと、氷上での一晩を、山中のコテージで過ごしましたか?ハイ
・夜は、楽しく、遊びをしましたか?    ハイ
・朝の緑茶(コーヒでないところが…)を、一緒に飲みましたか?    ハイ
・朝から晩まで、一緒でしたか?      ハイ

 これを読んだ人は、どう受け取るでしょうか? 例年の研修会の様子を知らない
人は「なんという研修会だ!!」と、きっとあらぬ誤解をするでしょうね。よくよ
く読めば、それぞれの文章は、事実しか書いていない。答えも正しい。しかし、解
釈する側の文化が違うと、伝えたいことと違う姿が生まれてくるのですね。

 私たちは、これを、「評価ごっこ」と名づけて、イロイロきわどい質問を作って、
ひとしきり楽しみました。そう… 評価も同じ… いま、情報教育の評価基準を作
っていますね。もっと技術的な部分の評価がないか? 年代に応じて、具体的にも
っとランク付けできないか? イロイロなご質問を受けます。でも、情報教育その
ものの理解がない状況で、いくら評価基準を読んでも、正しい理解にはつながりま
せん。
 予期しない姿が、生まれてきます。あまり具体的な事例を行動目標にしてしまうと、
その行動が指標」ではなく「目的」そのものになってしまう危険性があります。
 
本当は、評価基準に飛びつく前に、情報教育誕生までの原文(文部科学省のホーム
ページやこのメルマガにも公開されていますよ〜!)に目を通して、情報教育を知
ろうとして欲しいのだけれど〜…





○2001/10/16 第49号より
___________________________________

【【kazumi のワープ】 〜決定権と権力と…〜   小田和美
________________________________

 私たちは、情報化の流れの中にいます。それは、心を閉ざすことなければ、多
くの情報を多面的に受け取ることができるようになった社会ということと、同じ
です。その中で私たちは、感じ・考え、自分を見つ始めています。それは、自分
主体に物事を捉え、認識し判断し、それに基づき自分の生き方を創りあげていく
ということでもあります。
 多くの人が、次第に、自分で感じ・捉え・考え、行動するようになってきたと
思うのですが、これまでの習性を修正するのは難しい…。まだまだ、多くの人が、
縦割り社会と呼ばれる社会構造の中で、自分の属する細長い世界の上へ上へを目
差している。上へいけば、権力が手に入る。それまでは、その社会の従来のナラ
ワイに従って… 自分の感性・価値観までをも、小さな社会のルールに従わせる。
上っていく途中で手に入れていく小さな権力を、行使しながら… 年功序列、出
世、我慢、郷に入れば郷に従え、出るくぎは打たれる… そういう言葉が当然の
ように語り継げられ、その人本来の能力とは関連しない部分で、権力がそれに付
随する条件付の決定権と一緒に、分け与えられてきました。

 でもね、決定権とか権力って、キチント自分の頭で捉え・考え・決定していけ
る、と同時に、自分を客観的にとらえ、自己評価ができる人に与えないと、とん
でもないことになるわ〜!! 受け売りの価値観のもとで、「これまでの」ある
いは「他の人の」決め事をひたすら遂行しているだけでは、行動に筋は取らない。

 でも、自分の頭で思考していないから、筋が通らないということが、わからな
い。かえって、自分の権力を認めない相手を、威嚇する。旗色が悪くなると、責
任転嫁、あるいはゴマカス。これまでも繰り返され、これからもマダマダ続くだ
ろう、おろかな話。自分の心で感じ、自分の頭で考え、自分の言葉で語るという、
自分を主体的に認識できる人間って、まだまだ少ないのかな〜!?!?!

 9月、氷上の研修のあと、車2台をレンタルして、京都の山の中へ行きました。
広い直線道路、気持ちよく、時速60kmぐらいで走っていたたときのことです。
遠方に、ビーコンが見えました。「あ〜っ。やってる〜 こんな見晴らしのいい
山の中の直線道路、いったい誰を捕まえるつもりかしらね〜!!」などと、笑い
ながら、速度を落とすこともなく、通り過ぎました。メータは、時速65kmで
した。しばらくすると、京都県警が数人飛び出してきました。ピッツピ〜ッ!!
 偉そうに笛を吹き、旗を振り、威嚇的に誘導して、国道のわき道へ… 
 先頭は、我らが編集長運転の車。続く車が6台ばかり、まとめて捕まりました。
「エッツ?? ナ〜ニ?? どういうこと〜??」

 「免許証を見せてください。ここ、ナンキロ制限か、わかッていますか?」 
に始まる、不愉快な会話はヌキにしますが、ようするに、スピード違反だという
のです。その、広い一本道は、50km制限で、18kmオーバーで、速度違反
切符を切ろうとしています、その横を、何台もの車が、高速で横切っていきます。
 一度に6台も検挙したので、手が回らず、その他の車の(彼らの言う)速度違反
は、おとがめなし。いったい、この取締りの目的は、なんなわけ〜?? 
 この道路が、50km制限だという根拠は何ですか?
 この見晴らしのよい、広い直線道路で、50km制限を18km超えたという
ことで、違反切符を切るのですか?
 このような取締りをする目的はなんですか?
 一斉に取締りをするという通達は、出ていませんでしたね…??
 何を聞いても、地域の安全のために、違反車を取り締まっているだけだ の一
点張り
 あなたのお名前を教えてください?
 何人を、ナンキロオーバーで検挙しているのですか?
 いくつかの情報公開を求めても、
 それは私の判断では、言えません の一点張り

 何のために、とりしまるのか、
 どのように、とり締まるのか、
 交通安全を、どのように展開していくのか、
 警察の情報公開を、どう捉えるか
 取締りすることが、交通安全に繋がるのか
 とても、無謀運転などとはいえない優良ドライバーを、
 根拠ない交通法規ギリギリの軽微な違反? で検挙することと、
 地域の安全と、どう繋がるのか…
……
 何の解答も得られませんでした

 交通違反取り締まりは、国を背景にした、権力です。権力を執行する者は、当
然ロボットでは困ります。一人一人、自分の行動に対して、社会全体の中での位
置付けを含め、キチントした説明ができなければ、権力だけが、一人歩きしてい
きます。
 でも、そんな簡単なことが、実際は、守られていません。でも警察のように、
国民の生活に対して何らかの拘束を与える権力を許されている部署にいるものが、
自分たちの行動や構造に、無批判に追従してるのは、こまったものです。
 一人一人が、自分たちに与えられている権限を、有効に、本来の目的に向って
使用することを意識していないと、あの山の中の取り締まりのように、根拠ない、
ただ罰則金をかき集めるだけのような取り締まりになってしまいます。でも、そ
れを引き止める構造を、我々社会は、持っているのでしょうか? 頑丈な体格を
拳銃を含めた制服で身を固め、こちらの質問や意見に中身ある反応を返さず、た
だひたすら、マニュアルどおりに取り締まっている姿を見て、ああ… … 問題
は、まだまだ山ほどありますね…





○2001/10/30 第50号より
___________________________________

【kazumi のワープ】
    〜ああ… ここにもマニュアル社会…〜      小田和美
________________________________

 この週末は、富山で、第27回「全日本教育工学研究協議会全国大会富山大会」
が開催されました(参照:ほりたんコーナー)。私は今年、高校の実践を見せて
いただきました。でもこの報告と感想は次回にしますね!今日は、そこで出会っ
た、3つのお話で〜す!
 
1)富山駅から実践校の最寄駅まで、JRで行こうと切符を買いました。タクシー
で行くには、チョト遠い6000円の距離。JRだったら、320円。切符を買って、「さ
て、電車待ち…」と思ったら、なんと、40分待たなくてはならない。「あらら… 
情報リサーチ、甘かったな〜 だけど、最新の「駅スパート」で、調べたら、チ
ャ〜ンと電車あったのにな〜」 と、いくら思っても仕方ない。さてどうしたも
のかと困っていたら、同じように「駅スパート」で検索して、朝、切符を買って、
電車がないことを知って、タクシーで行こうとしていた知人に遭遇。じゃタクシー
で一緒に行きましょう(ラッキー)。

 早速切符の払い戻しに行こうとしたら、「行っても仕方ないですよ。ホラ、こ
れだけしか返ってきませんよ。」と、見せてくれた手のひらの上の110円。210円、
手数料を取られるというのです。エッ?? 手数料?? 東京では、ありえな〜い!!
 窓口に行って見たら、先客が二人、払い戻しの210円に対して、クレームをつけ
ています。駅員は、規則だからの一点張りで、応じません。よく見る光景。私も、
「すいません、払い戻していただきたいのですが…」 駅員はチラッツっと見た
だけで、私を無視!これも、良くあること。こういうときは、にこやかに攻めて
もダメなんですね〜 チョット大きな声で、「手数料210円とっていいから、なん
しろ早く、払い戻して下さいッ!」 と言ったとたん、返事もしないで、110円を
渡されました。感じワル〜! クレームをつけていた男性二人「まったく手数料
を取るなんて、なんてことだ!」 と言っているので、私も、「そうよね。たっ
た、今、そこの自動販売機で買ったばっかりなのに…。でも、この方に、文句つ
けても、ラチ空かないわね。だって、マニュアルがそうなっているのだからって! 
ホント、おかしなマニュアルね!」

2)研究会が終わって妙高に移動し、ゼミ合宿した日曜日の夕方、近くの関山駅
から東京に向ってJRに乗り込みました。学生達も、大宮で降りるほうが早いし
安いと言っている人、乗り継ぎが面倒だから東京駅まで行く人、イロイロです。
途中での乗り換え・連絡、チャンと調べて、それそれが購入! さっすが、情報
通の私たちよね〜

 動き始めて数分後、列車が止まりました。アレッ? すると、場内アナウンス。
「この列車はスリップをしています。このままではエンジンが焼きついてしまう
ので、前に進めません。ただいま、状況を調べていますので、しばらくお待ちく
ださい。」ホ〜… 大事に至る前にわかって、命拾いよね〜! 待っている間、
暇なので、車掌さんを質問攻め。「どうして、スリップしてるてわかったのです
か?」「この電車止まってたら、傾いてきません?」「歩いて、関山まで戻るっ
て言うのは、どうかしら??」「どうして、スリップしてしまったの?」「スリ
ップしてると、どうしてエンジンが焼き切れてしまうの?」車掌さんは、一つ一
つに丁寧にわかりやすい説明をしてくれました。私はスッキリ!
 1時間ぐらいたって、新しいアナウンス。「関山まで戻ることになりました。
まもなく運転手が移動しますが、安全確認のため、すぐには出発できません。も
う少しお待ちください。」そして、運転手さんが、車掌室に移動してきました。
さあ、これから安全確認ね! どんなことするのかしら…?? でも、安全確認
してくれそうな作業員サンは、誰もやってきません。外は、真っ暗。安全確認、
誰がするの? どんなことするの?? 興味津々です。車掌さんは忙しそうに、
列車の前(スリップ以前の運転室)と後ろ(これからの運転室)の間を走り回っ
ています。邪魔にならないように、運転室を覗き込んだり、聞き耳立てたり… 
情報収集開始!

 …結局、安全確認のための作業員は、現れず、数十分かかって行われた「安全
確認」とは、
※車掌さんが持っていたトランクの中に入れてあったマニュアル本を調べ、作業
の段取りを確認。
※その後、片道通行の電話(話し終わると「どうぞ」という形式のやつね!)
を使っての中央の指令室とのやり取り。
でした。
 これからの作業段取り等が、口頭で伝達され、それを運転手さんと車掌さんが
書類に書き込み、それぞれ読み上げ復唱する。中央はそれを聞いて、指令が受け
取られたことを確認。そんな感じです。聞き耳を立てていたところ、その指令と
言うのは、
 1.逆に進んでいい
 2.速度は、15km以下
 3.関山に着いたら、報告する
という内容の「指令番号103号」指令でした。で、指令官が言ったとおり一言
一句間違えずに書類に書き込み、復唱していくという作業が、「安全確認」なわ
け…? ハア〜… 運転手と車掌の氏名、時間、その他の型どおりの情報を書類
に書き込み、書類を作成していく作業が続いていました。う〜ン… マニュアル
にそう書いてあるからそうしているのでしょうか… 関係者は、そのマニュアル
に従った行動に、疑問はもたないのかしら…

 儀式が終わったところで、車掌さんが中央指令室に質問。「新幹線に乗られる
予定のお客様とかおられますが、どのような対応になるのでしょうか? どうぞ」
すると中央指令は、「今は忙しくて、そこまで手が回りません、どうぞ!」 あらら… 
 それから程なく、運転が再開されました。逆進開始です。逆進の間中、覗けな
くなった運転室からは、鳴り続ける警告のチャイムが聞こえてきて、チョットし
た緊張。時速15m以下遵守での、ソロソロ運転の途中、ブザーがなり、停止。
赤信号です。運転手さんが中央の指令を仰いだら、中央から、「指令番号104
号」指令が出ました。でもね、その内容は、さっきの013号指令とマッタク一緒〜! 
そして、先ほどと同じように、読み上げ復唱の儀式が続いた後、運転再開。アララ… 
なんということ… やっと関山に着きました。単線の路線にある関山駅には後続の
急行が止まっていて、私たちは全員、やっとそれに乗り換えました。

3)さて、この騒ぎの後に、とんでもないことを発見! 関山で、経路を明示して
買ったはずの大宮経由の乗車券が、駅員側の手違いでキチント発行されておらず、
遠回りの経路指定になっていたのです(つまり高かったってこと)。
 そこは情報系の我ら、目ざとく発見し、長野駅で訂正の申し入れをしたのですが、
スンナリ行かずに20分以上かかりました。曰く「お客様が経路を明示したと言う保
証がとれません。」 エッ??何を言ってるのかしら… 大体JR窓口のお仕事っ
て、お客様の行き先を聞いて、一番有効な交通手段を提案することじゃないの? 
それを、お客様の提案より遠回りの経路で発券して高い料金取るなんて、言語道断
よッ!! お客様の勘違いを、修正してあげるくらいのプロ意識、もって欲しいわ
よね〜! 

 でも、一歩譲って、交渉。「だったら関山駅に連絡して、発券した駅員さんに、
確認してください。」 そしたらね、「いま関山駅は忙しいので、そんな連絡はで
きません。」だって〜! そりゃないわ〜! マニュアルガンジガラメも困り者だ
けど、マニュアルにない事態に対する、自分勝手な判断はもっと困るわよ。鉄道業
務のプロなら、お客様の安全・快適な旅行をまず優先して考えて欲しいわ〜?!?!
 結局ここでも、にこやかに主張するのを止めて、チョット大きい声で 
「あなたが間違っています。こちらの言うことに根拠がないと言うなら、すぐ関山
に連絡して、確認をしてくださいッ!」と主張しました。結局関山駅に連絡したと
ころ、駅員さんが覚えていて、ミスを認め、めでたく1000円弱が戻ってきたと言う次第…

 よくありがちな話と、思われますか? そうね、日本中、いたるところで、マダ
マダ見られる光景かもしれませんが、「そんなもんだ…」と思ったときが、過ちの
始まりでもあります。JRが、安全を考えるのはとても大切なことです。必要な安
全確認のためなら、時間がっかっても納得できます。でも、今回のことで、その作
業の必要性・妥当性に、疑問を感じ始めました。
 それぞれの主体性を認めず、マニュアルという不確かなもので行動を束縛し、自
らの組織の形骸化を生みつづけてきた社会。でも今、それに気づき、変わり始めよ
うという動きも起きてきています。情報教育の導入は、まさに、教育界における
「気づき」の具現化なのです。それを推進していこうとするなら、日々の自分や社
会人としての生活のいたるところに残っている、責任転嫁、無責任、依存、言い訳、
勝手…に、敏感でいたいわ。自分にはもちろん厳しく。そして、人に対しても、チ
ャントした視点(これって評価基準ってことですね)を持ちたいものです。現状を
嘆く時代は終わりました。非難しても、相手は変わりません、だからと言って、放
置していても、何も起きません。少しづつでも、変えていく知恵と行動が、意識を
し始めた一人一人に求められていることを、改めて感じた3日間でした。